昭和的心の遺産を求めて・・・

私の生まれ育った南房総を中心に、昭和的な物・情景などを綴って行きたいと思います。

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木更津市太田山の廃隧道訪問記
 
  昭和34年に刊行された千葉県木更津市の動態地図で、当時の木更津市街地の様子を調べてい
  たところ、現在では使用されていない廃隧道を発見しました。 太田山周辺は戦時中の地下壕が
  数多く掘られていて関連した施設かと思いましたが、現地調査の結果地下壕ではない事が判明
  しました。
 
イメージ 1
昭和34年刊行木更津市動態地図より転載  地図中央の点線の部分が隧道
 この隧道(太田山隧道)と並行して複数の地下壕が掘られているのですが、地下壕は地図上には
 記載されていないので太田山隧道が地下壕ではなく、生活道として利用されていた事が解ります。
 
イメージ 2
    これは現地の写真です。太田山隧道は軽ワゴンの後方に位置し、写真中央の小屋の後と、
    竹岡らーめんの看板の裏、そのさらに左にも地下壕が掘られています。
 
イメージ 3
西側の太田山隧道入口です。
 
イメージ 4
残念ながら、柵で内部には入れません。
 
イメージ 5
太田山隧道内部
柵の上に手を伸ばし手撮りで撮影。
どうやら素掘りの隧道のようですねぇ、わくわくして来ました!
 
イメージ 6
太田山隧道近くの崖で「トウキョウホタテ」の化石を発見しました。
  「新生代第四紀更新世時代」今から13〜15万年前頃は、この辺りは東京湾の水深50mにあり
  古東京湾と呼ばれています。そこに生息していたホタテ貝なので、「トウキョウホタテ」という名
  が付きました。絶滅種です。私が中学生の頃太田山周辺で20㎝ほどの大きなトウキョウホタテ
  と、ビノス貝を採集しています。ビノス貝は2枚貝の合わさったもので、中身を開けて見たところ
  黄色い硫黄のような綺麗な結晶が出てきたのを覚えています。
 
イメージ 7
さて、本題の隧道調査に戻りましょう。
西側がダメなら東側からということで、地図上で位置を予測してみました。
  後方の白い建物はホテル八宝苑です。車での移動では発見できませんでしたので、車を降りて
  徒歩で少し探しました。そして、写真中央を左に入った所で隧道入口を発見しました。
 
イメージ 8
太田山隧道東側入口です。
入口は伐採された木や草で覆われていました。
 
イメージ 9
さらに接近してみると、なんと隧道上部が開口しているではないですか!
なんとか足場の安全を確認できたので、内部に侵入することにしました。
 
イメージ 10
あぁ・・・もの凄い廃材の量です。
 
やはり、期待を裏切らない素掘り隧道でした!
 
このつづきは、また明日・・・
 
 

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