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・・・・・・・昭和な木更津駅の鼓動・・・・・・・
昭和17年の市制以来、70年の歳月が流れた。 ある時はゆっくりと、ある時は急激に木更津は
その姿を変えた。 市のまわりに工業地帯が形成されると、港は幾倍もの規模になった。 人口
は急激に数を増し、昭和51年9月に10万人目の赤ちゃんが誕生・・・・。 昭和な時代、駅の東口
では新興の商店街が賑わいをみせ、西口は再開発をめざして化粧直しにとりかかった。 そして
木更津市にとって、21世紀を展望した長期構想の核となったのが、東京湾横断道路計画・・・・。
この一大プロジェクトが完成した暁には、川崎―木更津間は、わずか15分。京浜、房総地域が
単に直結するだけでなく、房総地域には新しい都市機能がもたらされ、玄関口の木更津市は、
さらに発展し、南房総の中核都市としての機能をいっそう強くしていくだろうと、市民や関係各方
面から、多大成る関心と期待が寄せられていた。
昭和50年代の木更津駅周辺市街地 整然とした街並みに躍進の鼓動が・・・・
昭和50年代の木更津駅西口
東京への通勤快速が直結
午前5時01分、1122M列車が朝の静寂を破って走り出すと木更津駅の多忙な1日が始まる。
上下各9本のL特急「さざなみ」をはじめ、上り・下り計118本の列車が到発着。
千葉、東京方面への通勤・通学者の急増で朝のラッシュ時の改札は大変な混雑ぶり。
昭和51年度の木更津駅乗降者数は668万人にも及んだ。
木更津駅、朝の3・4番線ホーム。 電車内は通学の高校生で超満員状態だった。
ホームには、懐かしい「はまやのミルクスタンド」売店が見えます。
現在の3・4番線ホーム。
浜屋の売店は撤退していますが、大きな変化はないですねぇ
木更津駅跨線橋から見た東口のロータリー 木更津駅跨線橋から見た現在の木更津駅東口のロータリー ダイエー閉店後、間もない頃の東口周辺の様子
現在の東口周辺の様子
≪間違い探し≫
さて、上と下の写真では違う所が何ヶ所あるでしょうか?(笑)
上の写真と見比べて何か感じる物はありますか?・・・・
今となっては懐かしい昭和な木更津の風景
まだまだたくさんの秘蔵写真を所有しております。
今後も木更津市街地の写真を中心に、造成された清見台地区なども紹介する予定です。
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