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■■■ 大悲山・岩谷観音堂のやぐら ■■■
今日ご紹介する「大悲山岩谷堂清厳寺」通称「岩谷観音堂」は、じのさんの生まれ故郷
千葉県富津市数馬に所在する奈良時代のお寺で、高僧「行基」がこの地に訪れ一夜にし
て築いたと伝えられています。また岩谷観音堂の裏の岩山には、「やぐら」と呼ばれて
いる鎌倉時代に築かれた珍しい墳墓群が存在していて、当地域の中世における歴史を知
る上で貴重な遺跡となっています。
崩れた石段の先に見える岩谷観音堂
奈良時代の高僧行基による一夜の作と言い伝えられています。
現在堂内は傷みが酷く、天井や壁等が修繕されていますが、梁や柱に残された彩色から
建築当時の華やかさが伝わって来ます。
そして、岩谷堂裏の岩山に掘られた「やぐら」群です。
なんとも不思議と言うか、奇妙な景観ですよねぇ・・・
埼玉県にある吉見百穴をご存知の方も多いでしょう。
ここはその吉見百穴と同じ古墳時代に築造された「横穴墓」が最初とされ、もともと
数基あった横穴が鎌倉時代に「やぐら」として改変され、繋げられたようなのです。
岩山に彫られた階段
「やぐら」の発生地は鎌倉で、中世鎌倉に武家政権が樹立された際、武士階級と鎌倉の
もつ地域性のもとに考え出された特殊な墳墓です。中世の文献には岩屋、岩屋殿など
とみられます。
「やぐら」は鎌倉地方に代表されるもので、房総では富津市・君津市にかけて発見され、
安房地方にも分布しています。このことは当時、房総と鎌倉との関係がより密接なもの
であったことを物語っています。
地元では、昔から「ボラ」「ヨコアナ」「アナ」などと呼ばれています。 子供の頃に
古老から聞いた話では、むかし火の雨が降ったときに入った穴だと聞かされていました。
この「やぐら」の奥壁には数基の五輪塔が線刻されています。
階段を上った高い位置にある「やぐら」は他のものよりも広く、壁面には数多くの
仏像が浮彫りされています。
仏像には赤い彩色が残っています。
築造当時は朱や漆喰で彩色されていたのかも知れません。
じのさんが子供の頃、探検や秘密基地的な遊び場だった岩谷堂のやぐら群
鎌倉時代のお墓だと知っていたら・・・
岩屋観音堂には「やぐら」の他に、観音堂をコの字形に囲む廻廊洞窟があり
次回の記事でご紹介したいと思います。
つづく
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2013年12月21日
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