昭和的心の遺産を求めて・・・

私の生まれ育った南房総を中心に、昭和的な物・情景などを綴って行きたいと思います。

昭和なジュース

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昭和な地サイダー

 嗚呼ノスタルジー 
       昭和な地サイダー       
 
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ローカルな地サイダーを飲みたくて、九州よりお取り寄せしました。
 
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こんな感じで送られて来ました。
 
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矢野飲料工業所 サニーサイダー
 サニーサイダーは、一合サイダーと呼ばれていた三ツ矢サイダーの190ml瓶をリサイクルして販売さ
 れています。 過去に此の瓶を使用して、全国清涼飲料工業会の商標でコアップサイダーを販売。
 三ツ矢サイダーの190ml瓶にコアップの共通ロゴを印刷し、各地方の飲料会社が製造していまた
 時代とともに自然消滅。 現在まで使われないまま倉庫に眠っていたこの瓶に、福岡県の矢野飲料
 工業所が1950年頃から製造しているサイダーを充填して販売しています。ラベルは当時のデザイン
 を復刻、現在でも1枚、1枚糊付けして手張り作業で出荷されています。
 
 
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こちらは千葉県代表「信水舎」の北総サイダー
発売当初からの味を継承している貴重な地サイダーです。
 
 
                     
 
 
昭和の頃は、近所の駄菓子屋や商店で気軽に飲めたローカルな地サイダーも
今では希少な存在となってしまいました。
 
今日のような暑い日には、レトロな店先でラッパ飲みしてみたいと妄想にふける
じのもんたでした・・・
 
 
昭和な地サイダー
 
おしまい

昭和なフルーツサワー

      昭和なフル−ツサワ−     
 
             今回は私にとって強烈な郷愁を誘うソフトドリンクの紹介です!
 
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   あぁ〜懐かしすぎて涙が出て来ます。擦りガラスのような半透明のプラカップに白くカスレたフルーツ
   のイラスト、それに密着したアルミ箔の蓋。 昭和40年代に大ヒットしたソフトドリンクです。
 
 
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私が実際に飲んでいたのはこれ!
当時実家の商店では明治乳業の製品を販売していたからです。
むむっ!メロン味のパンチサワーを飲んでいるのは・・・
 
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ピーチもおいしかったなぁ〜
これは昭和45年、販売店向けに配られたパンフレットです。
 
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明治からはメロン・ピーチ・グレープの3種が発売されていました。
 
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これは昭和な空缶ポイ捨てスポットで採集した名糖のハピネスサワーオレンジです。
 
  当時大手の乳飲料会社はプリン・ヨーグルト等は下請けに委託する事が多く、この手のソフトドリンクも
  同様、雪印等を始め同じ容器にネームがアレンジされたもので、中身の味は殆ど同じでした。
 
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この「デーリィ☆フルーツサワー」は、当時のままの姿・味を唯一残した貴重な商品です。
メロンの他にピーチも発売中です。
 
 
発売元
南日本酪農協同(株)都城工場
宮崎県都城市高木町5282
 
 
ブロ友のTaeちゃんが景品を見たいとの事で・・・
 
これだ!
 
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買った方が・・・
     三ツ矢サイダー1960年代当時ノ味ヲ再現。   
 
2012年〈春〉限定復刻!
商標登録 三ツ矢サイダ−
 
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暦の上では立夏を過ぎてしまいましたが・・・
2012年〈春〉限定復刻販売の三ツ矢サイダーです。
1960年代当時の味を再現しているそうなんですが・・・
 
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こちらはペットボトル全盛の中、今でも食堂などでお目に掛れる瓶入りの三ツ矢サイダーです!
 
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それじゃー飲み比べてみましょう!
 
う〜ん微妙!?とだけコメントさせて頂きます〜
 
じのもんた家4人の意見はバラバラでしたので・・・(汗)

4月29日 昭和の日特集

            4月29日 昭和の日特集      
 
    4月29日は昭和の日です。じのもんたのブログでは昭和の日を記念して今日より3日間
    「じのもんた思い出のアルバム」から、昭和の日特集をお送りいたします。
 
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昭和41年、実家の商店の前で親戚兄弟と・・・
            三輪車に乗って瓶ジュースをラッパ飲みしているじのもんた(2歳)
            三輪車の後ろには、三ツ矢サイダーの木箱と瓶が見える。 
 
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1枚目の画像で、じのもんたがラッパ飲みしているジュースは、こんな感じのローカルジュースです。
合成着色料・合成甘味料添加、無果汁です。 画像のジュースは、すべて当時物の無開詮瓶です。
 
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   先日のポンジュースの記事で「うそつきジュース問題」に触れましたが、消費者団体が問題視
   したのは、このような合成着色料と甘味料、無果汁のジュースと果汁入りのジュースの区別を
   はっきりさせたかったのでしょう。  ※詳しくは「昭和なポンジュース」をご覧下さい。 
 
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真中の空瓶は、先日鋸山裏登山道で採集した地元富津市須藤飲料の「ハルマジュース」
1枚目の画像でラッパ飲みしている瓶と同型と思われます。
 
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こちらは、大手メーカーの瓶ジュースです。
  左からリボンジュース、バャリースオレンジ、バャリースオレンジ(空瓶)、キリンジュース、キリンオレンジ
  エードです。バャリースの空瓶は、やはり鋸山裏登山道で採集したのですが、6 3/4FL.OZ.にU.S等
  の文字がエンボス表記になっているので、もしかしたらアメリカ産のボトルなんでしょうか?
  
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麒麟麦酒は「うそつきジュース問題」騒動中の昭和45年に「キリンジュース」を「キリンオレンジエード」
 に名称変更しました。さすが大手メーカーその辺の対応は早いですね。
 
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   鋸山裏登山道で木と同化した(笑)ハルマジュースの瓶です。さすがにこれは採集出来ませんでした。
 
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                      こちらも鋸山裏登山道にて、 んっ!これは・・・
 
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  ハルマ・ソフトドリンクの空瓶でした!こちらは昭和40年代の瓶です。現在須藤飲料さんには空瓶が1本も
  残っていないので、私にとっては大変貴重な資料です。
  ちなみにハルマとは、オランダ語の和訳の本の事だそうで、千葉県の佐倉高校にその本が収蔵されている
  そうです。 佐倉は江戸時代オランダ医学が盛んだったので、和訳本も作られたのでしょう。

昭和なポンジュース

    愛媛のまじめなジュースです   
 
「愛媛のまじめなジュースです」のキャッチコピーでおなじみのポンジュース
今回は私のコレクション「タカラポンジュース」の瓶を中心に昭和なポンジュースの紹介です。
 
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   日本中がオレンジジュースブームに沸いた1950年代、愛媛県青果農業協同組合連合会より
   「ポンジュース」が発売されたのが1952年(昭和27年)でした。
 
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 昭和27年当時のポンジュースの広告
 
現在では果汁100%のポンジュースですが、発売当時は100%ではありませんでした。
 
 
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1953年(昭和28年)には、愛媛県青果農業協同組合連合会からの要請により
宝酒造に委託販売されることとなり、「タカラポンジュース」が発売されました。
 
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初期のタカラポンジュースの空瓶と木製ケース
 
 
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JAS認定後、の部分にJASマークが上書きされた木製ケース
 
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私が所有するタカラポンジュースの空瓶のバリエーションです。
   現在の果汁100%のポンジュースを入れて撮影しましたが、当時のポンジュースは果汁100%
   では無く着色料を含有していたので、画像の物よりもオレンジ色が濃かったと思われます。
 
イメージ 8
 
 画像左の瓶は最初期のタカラポンジュースの瓶
 で、バヤリースオレンジのデザインの影響を強く
 受けています。胴部にはTakara Pom-Juice
 NET CONTENTU 200㏄と、瓶底周縁部には
 愛媛懸青果販賣農業協同組合連合とエンボ
 スで表記されています。
 右の瓶は2代目のポンジュースの瓶で胴部には
 TakaraPom-Juice NETCONTENTU 200㏄  と、瓶底周部には製造元タカラ果汁株式会社
 とエンボスで表記されています。
 
 
イメージ 2 
 
 3代目の瓶以降はJuiceの記載は消え、プリント
 デザインも簡素化されて行きます。
 また胴部にエンボスで表記されていたTakara
 Pom-Juice NET CONTENTU 200㏄の文字
 も消えました。
 これは昭和43年に勃発した「うそつきジュース問題」
 が大きく関与しているのかもしれませんが、資料が
 ないので断定は出来ません。
 
 
 
 
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ポンジュースの名前の由来
   ポンジュースの名付け親は当時の愛媛県知事の久松定武氏で、発売当時の宣伝ポスター
   には「日本で生まれて世界に輝くポンジュース」とうたっており、日本一になるようにとの願い
   を込めてつけられたのだそうです。 「日本(ニッポン)一」のポンから取ったのですね。
   またポン(POM)は、柑橘果汁のpons(ポンス)文旦pomelo(ポメロ)果汁園芸学pomology
   など柑橘に縁の深い名前であることも選ばれた理由なのだそうです。
 
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うそつきジュース問題
  昭和43年の暮れに消費者団体から「ジュース」の名称は100%果汁飲料にのみ使用されるべきで
  あるとの提言が出された。日本果汁協会は、「こちらでもジュースと称してはいるが、これは正確な
  表現でないことは承知している。外国なら「エード」「ドリンク」と呼ばれるものである。故意ではなく
  自然発生的にジュースという商品名が普及している」との認識であると表明、誤認させる不当表示
  と主張する消費者団体と対立しました。
  さらに協会は「果汁分が多いと清涼味が失われる。現在の技術では果汁10〜15%がちょうど良い
  栄養目的ではなく、渇きを癒すための清涼飲料として召し上がって頂きたい」と実質面から説明、
  あくまで字義にこだわる消費者団体に、「果汁含有率を明確に表示することで誤認は避けられる」
  と提案したが、納得は得られなかった。
  その後も色々なやりとりがあったのですが割愛させていただき、昭和44年11月に協会が「ジュース
  の名称は100%果汁飲料のみに使用する。果汁は10%きざみで表示する」と声明を発表しました。
  この騒動中、麒麟麦酒は昭和45年に「キリンジュース」を「キリンオレンジエード」に名称を変更しま
  した。以後「○○ジュース」の名称は淘汰されていったのです。
  ちなみにポンジュースは昭和44年に全国に先駆けて発表された「天然果汁100%ジュース」として
  大好評を博したのでした。
 
参考文献
「ザ・ジュース大図鑑」より抜粋
 
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Special Thanks
     今回のブログ記事の投稿にあたり、ブロ友のクロネコさんよりポンジュースの空瓶の
     一部をご提供頂きました。 お礼申し上げます。
 
イメージ 9
現在のポンジュース
 
飲みたくなってきましたネ!

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