昭和的心の遺産を求めて・・・

私の生まれ育った南房総を中心に、昭和的な物・情景などを綴って行きたいと思います。

房総の隧道訪問記

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房総の素掘り隧道

 
房総の素掘り隧道
 
誕生寺初詣の帰り道で偶然見つけた素掘り隧道
 
 
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将棋の駒のような五角形のトンネルを実見したのは初めてです。
 
思わぬ収穫に興奮状態のじのさんでした・・・
 
詳細は後日
木更津市太田山の廃隧道訪問記
その2
 
太田山に掘られた素掘り隧道の調査 それでは昨日の続きになります。
 
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東側入口には沢山の廃棄物が積み重なるように捨てられていました。
 
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真っ直ぐに伸びる隧道
150mあります 結構長いですね〜
 
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ストロボを発光させての撮影
   隧道内を観察すると、戦時中に隣接して掘られた地下壕の掘削方法とは異なっている事が解
   りました。天井部には、多くの貝化石が見受けられます。
 
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さらに進むと、何と左側壁に動態地図には記載されていない横穴を発見。
横穴に続く段差は意図的なものかは、今回の調査では不明です。
 
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横穴の奥は真っ暗で見えないので、ストロボ発光で撮影。
この辺に来ると足元はぬかるんで、足首の上までズッポリと潜ってしまい歩行困難状態です。
 
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少し先の右側壁にも横穴が掘られていました。
 
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こちらの横穴も奥は真っ暗です。
戦時中に地下壕として二次利用されていたのでしょうか?
 
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西側の入口まであと僅かなのですが、靴が脱げるほど埋もれてしまい断念
もう靴の中もズボンの裾もドロドロ状態です・・・
 
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隧道内から東側入口を望む。 東側の方が入口を高く彫り込んでいます。
 
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最後の難関、廃タイヤの山越え・・・
 
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隧道内の壁面には、沢山の貝化石が露出しています。
 
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そして驚きました!
   太田山隧道の壁面に鍾乳化している部分を発見したのです。これは以前記事にした、館山の
   鍾乳洞と同じ理由から来るものでしょう。石灰岩のない地質で鍾乳石が形成されるのは、石灰
   質を有するプランクトンが地質に含まれているからだと考えられます。
 
   昨日の気温は23℃でしたが、隧道内は冷んやりとしていて吐く息が微かに白かったのにも驚き
   ました。
 
   太田山周辺の地下壕に関しては、多くの方がネット上で紹介されておりますが、太田山隧道に
   関してはヒットしませんでした。この隧道は市街地に近い所に掘削されていますが、まだ未知の
   部分が多く残されています。今回あまりにも軽装備でライトも持たずに侵入したので、再度訪問
   することで謎の横穴の調査と、近隣住民への聞き込みをしたいと思います。
 
木更津市太田山の廃隧道訪問記
 
  昭和34年に刊行された千葉県木更津市の動態地図で、当時の木更津市街地の様子を調べてい
  たところ、現在では使用されていない廃隧道を発見しました。 太田山周辺は戦時中の地下壕が
  数多く掘られていて関連した施設かと思いましたが、現地調査の結果地下壕ではない事が判明
  しました。
 
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昭和34年刊行木更津市動態地図より転載  地図中央の点線の部分が隧道
 この隧道(太田山隧道)と並行して複数の地下壕が掘られているのですが、地下壕は地図上には
 記載されていないので太田山隧道が地下壕ではなく、生活道として利用されていた事が解ります。
 
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    これは現地の写真です。太田山隧道は軽ワゴンの後方に位置し、写真中央の小屋の後と、
    竹岡らーめんの看板の裏、そのさらに左にも地下壕が掘られています。
 
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西側の太田山隧道入口です。
 
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残念ながら、柵で内部には入れません。
 
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太田山隧道内部
柵の上に手を伸ばし手撮りで撮影。
どうやら素掘りの隧道のようですねぇ、わくわくして来ました!
 
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太田山隧道近くの崖で「トウキョウホタテ」の化石を発見しました。
  「新生代第四紀更新世時代」今から13〜15万年前頃は、この辺りは東京湾の水深50mにあり
  古東京湾と呼ばれています。そこに生息していたホタテ貝なので、「トウキョウホタテ」という名
  が付きました。絶滅種です。私が中学生の頃太田山周辺で20㎝ほどの大きなトウキョウホタテ
  と、ビノス貝を採集しています。ビノス貝は2枚貝の合わさったもので、中身を開けて見たところ
  黄色い硫黄のような綺麗な結晶が出てきたのを覚えています。
 
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さて、本題の隧道調査に戻りましょう。
西側がダメなら東側からということで、地図上で位置を予測してみました。
  後方の白い建物はホテル八宝苑です。車での移動では発見できませんでしたので、車を降りて
  徒歩で少し探しました。そして、写真中央を左に入った所で隧道入口を発見しました。
 
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太田山隧道東側入口です。
入口は伐採された木や草で覆われていました。
 
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さらに接近してみると、なんと隧道上部が開口しているではないですか!
なんとか足場の安全を確認できたので、内部に侵入することにしました。
 
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あぁ・・・もの凄い廃材の量です。
 
やはり、期待を裏切らない素掘り隧道でした!
 
このつづきは、また明日・・・
 
 

閉ざされた隧道

     千葉県富津市 栩山隧道     
 
     今年の3月、かつて千葉県の富津市と君津市の境にあった廃隧道に行って来ました。
 
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富津市側から望む栩山隧道  現在は隧道内の中程で埋没しています。
 
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栩山隧道は、かつて素掘りの隧道でしたが後に舗装され、今から40年前程に閉鎖されました。
 
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それでは、何故閉鎖されてしまったのでしょうか?
 
栩山隧道付近の地図を見てみましょう。
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昭和48年3月発行 2万5千分の1 君津市全図その1より転載
印の場所には栩山隧道の記載が見える
 
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昭和60年8月発行 2万5千分の1 君津市全図その1より転載
印の場所には隧道の記載が消え、替わりに郡ダムが出現している。
 
もうお解りだと思いますが、郡ダム建設に伴い栩山隧道は廃隧道に、道路はダムの下となりました。
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君津市側から見た栩山隧道跡地 (写真中央付近) 完全に埋没していました。
 
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かつて写真中央付近に栩山隧道が開口していました。
 
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道路や田畑はダムの下に・・・
 
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栩山隧道に続いていた道路 道路の先はダムの土手です。
 
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栩山隧道に続いていた道路  先は常代方面
 
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閉ざされた隧道 栩山隧道へは写真右の細い道路を進んで行きます。
現在は徒歩でないと行けません。
 
 
       房総の隧道訪問記      
 
興津東隧道
 
千葉県勝浦市浜行川に所在する明治時代に作られた隧道です。
 
昭和28年、近くに新道が開通し廃止されたのですが、保存状態も良く
 
千葉県では大変珍しい石組みの工法で作られた隧道です。当時の建築技術を
 
垣間見る事が出来る明治時代の貴重な建築遺跡としてとらえる事が出来ると思います。 
 
イメージ 1
千葉県有形文化財として指定を望む「興津東隧道」
 
 
イメージ 8
    国道128号線を鴨川から勝浦方向に進み行合隧道を抜けると左側に旧道の跡を見る事ができます。
 
 
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       旧道跡をさらに進むと朽ちた木の枝が散乱していました、完全に廃道となっているようです。
 
                             そしてその先には・・・
 
イメージ 10
                   廃隧道後60年経った興津東隧道が見えて来ました!
 
 
イメージ 11
                    隧道前の切り通しはかなり崩落していますね〜
 
 
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             隧道入口の石組みは、まさに匠の技といった仕事です。 感動したっ!
 
 
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       なんと!入口だけが石組だと思っていましたが、隧道内全面が石組で施工されていました。
 
 
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                   反対(南側)の入口は大量の土砂で閉塞状態です。
 
 
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     しかし上面に僅かな隙間が・・・ もんきち君いざ出陣! ※安全確認後に撮影しています。
 
 
イメージ 13
                 自然崩落した大量の土砂で埋没寸前の南側入口です。
                 私はメタボなお腹を擦りながらくぐり抜けました〜(笑)
                 でも要石の構造も間近で観察する事ができましたョ!
 
 
イメージ 5
          南側の崩落は特に著しく、ここの地質が軟質な岩盤で形成されている事が解ります。
 
 
イメージ 6
    石組の構造を観察していると、岩盤と石組の間に玉石を多く含んだコンクリートが流し込まれている
    部分を発見しました。(画像赤○内) この隧道の施工方法は、まず大きめに掘った隧道に内側から
    石を積み上げて、その隙間にコンクリートを流し込んで作られたのだと想像できます。特に天井部は
    アーチ面と要石を配する都合上、ある程度の高さまで掘り込んでいたのではと、私は考えています。
 
 
イメージ 7
それでは、隧道内全面を覆っている「切り石」を観察してみましょう。
  切り石は房総地方に普通にみられる所謂「房州石」と呼ばれているもので、1辺の長さが縦約30㎝・横約60㎝    当時の尺に換算すると1尺と2尺になり、壁面の切り石はすべてこの規格の石で組まれていました。この隧道の    近隣で房州石の切り出しがあったのかは調べていませんが、房州石で有名な金谷地区で産出された切り石の
  6種の規格と照合してみましたが、そのどれにも当てはまりませんでした。
  今後の調査の課題としますが、この切り石について情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら是非ご一報を
  お願いいたします。
 
 
  房総の古い隧道の殆どが「素掘り」なのに対し、ここの隧道が「石組み」と特異なのは、この軟質な地層に
  大きく関係していると思われます。
  この興津東隧道が所在する浜行川地区は、鋸山から清澄山山系に分布する三浦層群と勝浦から夷隅地
  区に分布する上総層群大田代層〜黒滝層の丁度分かれ目になっている所で、興津東隧道はまさにその
  上総層群の軟質な岩盤上に掘られた隧道なのです。
 
 
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廃隧道や素掘り隧道は、崩落の危険があります。
 
見学には充分注意をし、ヘルメットを着用しましょう。
 
    猿や猪などの野獣に注意しましょう!    
 
自然を大切に、ゴミは持ち帰りましょう。
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