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llllllllllllllll陸軍富津射場観測壕llllllllllllll
17日は穏やかな春の陽気となり、午後から近場の富津岬へ行って来ました。
富津岬は明治時代より、東京湾の防衛のため軍の施設が築かれた要塞で、太平洋戦争中は
「第一陸軍技術研究所富津射場」が置かれ、現在でも当時の施設が数多く残されています。
昭和50年代の富津岬と第一海堡
このころは、干潮時に富津岬から海堡まで歩いて渡ることが出来ましたが、今では水深
が深くなってしまい、渡ることは出来なくなりました。現在は立ち入り禁止区域です。
1954年に撮影された「陸軍富津射場観測壕」
沖には第一海堡が写っています。終戦から9年後の写真ですが、戦時中の富津岬は軍の
最高機密であったため、当時は写真撮影や絵葉書の発行は許可されなかったのです。
現在の「陸軍富津射場観測壕」です。
1954年に撮影された写真には、壁面から鉄製の筒のような物が突き出ているのを確認でき
ますが、現在では朽ち去っていました。壕の周辺は木が生えて視界が悪くなっています。
この施設は一見トーチカの様にも見えますが、外敵を攻撃するものではなく、
40㎝榴弾砲から発射された砲弾の着弾を観察するための施設なんだそうです。
総コンクリート造りのぶ厚い壁。出入り口には6ヶ所に金具が残っています。
鉄骨は少な目で、コンクリートには砂利玉の含有率が多い。
円形の壕内部の底面は直径3m90cm程
観察窓から東京湾を望む。
薄暗い壕の中には、春の潮風が吹き込んでいました。
鉄製の筒が突き出ていた部分ですが、いったい何のため?
富津岬の北側は遠浅の海岸
これからの季節は、潮干狩りの行楽客で賑わいます。 富津岬には、まだ多くの軍事施設が残されていますので、今後も紹介して行きたい
と思っております。
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