|
ご訪問ありがとうございます!
じのもんたの別ブログ 内房タイムスにて、
「木更津本町 金田屋リヒトミューレ」
の記事をアップしました。
昭和7年に建てられ、廃屋となっていたレトロ建築がおしゃれな
アンティークショップとして生まれ変わりました!
こちらにも、是非ご訪問下さい!
↓
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト | 詳細 ]
|
ご訪問ありがとうございます!
じのもんたの別ブログ 内房タイムスにて、
「木更津本町 金田屋リヒトミューレ」
の記事をアップしました。
昭和7年に建てられ、廃屋となっていたレトロ建築がおしゃれな
アンティークショップとして生まれ変わりました!
こちらにも、是非ご訪問下さい!
↓
|
|
木更津 アゲイン
2014 08.05
今の木更津を、モノクロームで収めて来ました!
なつかしい人や 町をたずねて
汽車を降りてみても
目に映るものは 時の流れだけ
心がくだけてゆく
帰ってゆく場所もないのなら
行きずりのふれあいで
なぐさめあうのもいいさ
シンシア そんな時
シンシア 君の声が
戻っておいでよと唄ってる
君の部屋のカーテンやカーペットは
色あせてはいないかい
歌詞:シンシア 作詞:吉田拓郎 1974 画像:木更津 撮影:じのもんた 2014
|
|
■■■■昭和な木更津の鼓動■■■■
昭和17年の市制以来70年の歳月が流れ、ある時はゆっくりと、ある時は急激に木更津はその
姿を変えました。市のまわりに工業地帯が形成されると人口は急激に数を増し、昭和51年に
は県下9番目となる人口10万人を突破しました。今回は木更津駅から西側の様子を当時の写真
を見ながら紹介して行きましょう。
昭和50年頃の清見台周辺
昭和40年代になると、近隣の工業地帯に勤める人々の団地や社宅が沢山造られました。
昭和42年に祇園団地と笹子団地が完成。画像左の小高い森は太田山公園で、ここには
昭和46年に県立上総博物館が開館しました。
昭和42・3年頃から造成がはじまり、清見台という名の新しい住宅地が生まれました。
造成が進む清見台団地周辺
昭和40年代の清見台の様子
現在の清見台の様子
団地内の公園で遊ぶ子供たち。今ではこのような風景も見られなくなりましたねぇ・・・
このような私営住宅も数多く造られました。
こちらの画像は、木更津駅東口の商店街です。
右側は文具のヤスムロで、左側はケーキの不二家です。
現在の不二家木更津店
ハロウィンバージョンのぺこちゃん 只今ケーキ全品10%OFFセール開催中!
ですが・・・
不二家木更津店は残念ながら、11月中旬で閉店されるそうなんです。
残念です・・・
|
|
・・・・・・・昭和な木更津駅の鼓動・・・・・・・
昭和17年の市制以来、70年の歳月が流れた。 ある時はゆっくりと、ある時は急激に木更津は
その姿を変えた。 市のまわりに工業地帯が形成されると、港は幾倍もの規模になった。 人口
は急激に数を増し、昭和51年9月に10万人目の赤ちゃんが誕生・・・・。 昭和な時代、駅の東口
では新興の商店街が賑わいをみせ、西口は再開発をめざして化粧直しにとりかかった。 そして
木更津市にとって、21世紀を展望した長期構想の核となったのが、東京湾横断道路計画・・・・。
この一大プロジェクトが完成した暁には、川崎―木更津間は、わずか15分。京浜、房総地域が
単に直結するだけでなく、房総地域には新しい都市機能がもたらされ、玄関口の木更津市は、
さらに発展し、南房総の中核都市としての機能をいっそう強くしていくだろうと、市民や関係各方
面から、多大成る関心と期待が寄せられていた。
昭和50年代の木更津駅周辺市街地 整然とした街並みに躍進の鼓動が・・・・
昭和50年代の木更津駅西口
東京への通勤快速が直結
午前5時01分、1122M列車が朝の静寂を破って走り出すと木更津駅の多忙な1日が始まる。
上下各9本のL特急「さざなみ」をはじめ、上り・下り計118本の列車が到発着。
千葉、東京方面への通勤・通学者の急増で朝のラッシュ時の改札は大変な混雑ぶり。
昭和51年度の木更津駅乗降者数は668万人にも及んだ。
木更津駅、朝の3・4番線ホーム。 電車内は通学の高校生で超満員状態だった。
ホームには、懐かしい「はまやのミルクスタンド」売店が見えます。
現在の3・4番線ホーム。
浜屋の売店は撤退していますが、大きな変化はないですねぇ
木更津駅跨線橋から見た東口のロータリー 木更津駅跨線橋から見た現在の木更津駅東口のロータリー ダイエー閉店後、間もない頃の東口周辺の様子
現在の東口周辺の様子
≪間違い探し≫
さて、上と下の写真では違う所が何ヶ所あるでしょうか?(笑)
上の写真と見比べて何か感じる物はありますか?・・・・
今となっては懐かしい昭和な木更津の風景
まだまだたくさんの秘蔵写真を所有しております。
今後も木更津市街地の写真を中心に、造成された清見台地区なども紹介する予定です。
|
|
lllllllllllお帰りなさい故郷木更津にlllllllllll
お盆休みで故郷の木更津に帰省されている方も多いことでしょう。
今日8月14日は、「木更津港まつり」で「やっさいもっさい」が開催されました。
今回の記事では、故郷木更津の懐かしい写真を紹介致します。
写真は第1回「木更津港まつり」の様子 昭和23年(1948年)
今日の仕事帰りに木更津駅で途中下車をして「やっさいもっさい」が開催される木更津駅西口の
富士見通りを撮影しましたが、17時少し前だったので、まだ準備中でした。
まだ旧十字屋とサカモトデパートの建物が残っていた頃の富士見通りの写真です。
サカモトデパートから見た木更津駅周辺の様子 昭和51年(1976年) 十字屋デパート屋上の遊園地が懐かしい。 今となっては希少な写真です・・・
木更津駅のホームには、久留里線の旧車両と内房線の113系電車が見えます。
ダイエーのマークが変わった頃ですね。
サカモト・そごう
子供の頃、あのエレベーターに乗りたくてねぇ・・・
エレベーターガールは木更津初でした
今日、木更津駅西口で配布されていた団扇です。
やっさいもっさい会場にて、
あぁ・・・若かりし頃のじのさんでございます。 平成3年(1991年)
木更津港まつりは、古くから港町として栄えた木更津に、築港など郷土の繁栄の基礎を築いた
先覚者の霊を慰めようと、昭和23年にスタートしました。 毎年8月14日と15日に行われ、市内
最大の祭りとして、多くの見物客が訪れています。
今日8月14日は「やっさいもっさい」踊りが開催されました。木更津駅西口の富士見通りを会場
に、「おさ、おさ、おっさ」の掛け声とともに、踊り手と見物人で埋め尽くされます。
「やっさいもっさい」とは、木更津甚句の中にある囃子事場で、掛け声の「おっさ」は、この地方の
方言で「おお、そうだよ」と同調するときの相槌で、「みんなお互いに理解しあおうよ」という意味で
老若男女が心を一つにして踊りを楽しみます。
明日8月15日は、木更津港にて花火大会が開催されます。
木更津の懐かしい写真は、今後も掲載して行く予定です。
それでは・・・
|
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
| 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
| 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
[PR]お得情報