昭和的心の遺産を求めて・・・

私の生まれ育った南房総を中心に、昭和的な物・情景などを綴って行きたいと思います。

昭和な雑貨・日用品

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昭和な筆ぺん

 
昭和くれ竹筆ぺん
 
皆さん年賀状の投函は、もうお済みですか?
昭和な子供の頃、冬休みの楽しみのひとつに年賀状作りがありました。
イモ板やゴ板、そして革命的なプリントゴッコ・・・あぁ懐かしい!
 
イメージ 1
1973年(昭和48年)発売のくれ竹「筆ぺん」
やっぱり、年賀状には「筆ぺん」ですよねぇ・・・!?
 
 
イメージ 2
  この筆ぺん、現在目にする筆ペンよりも
  キャップが長いと気付かれたでしょうか
  これは筆のイメージを出来るだけ残した
  かったからなんだそうです。またインキ
  タンクとぺんをセットで販売するために
  ブリスターパックが採用されたのですが
  文具でブリスターパックってのは筆ぺん
  が業界初の試みだったそうです。それか
  ら商品名の「くれ竹筆ぺん」の「ぺん」
  の文字をひらがなにしたのは毛筆文字、
  和文字で表現したかったからなんだそう
  です。 試行錯誤の結果商品化された筆
  ぺんは、こだわりを追求するあまり当初
  の予定だった100円での販売が困難にな
  ってしまいましたが、多くのお得意先様
  や書道家の先生に意見を伺った結果、こ
  れだけの商品ならば200円でも売れると
  の後押しを頂いて、200円での発売の決
  断を下したのでした。当時のキャッチコ
  ピーは「筆跡はズバリ毛筆」「毛筆の苦
  手な人に手軽に筆文字が書けるぺん」だ
  ったんですが、ハッキリ言わせてもらう
  と毛筆が苦手なじのさんでも、筆ぺんで
  書けば上手く書けると思いこんでしまい
  実際は、毛筆で書くよりずっと難しかっ
  た思い出があります。それ以来トラウマ
  になってしまい、筆ぺんは使わなくなっ
  てしまいました。(笑)
  昭和60年代に入ってバブルが崩壊。また
  年賀市場ではワープロやプリントゴッコ
  などからも影響を受け、筆ぺんの売上は
  次第に減少して行きました。しかしアナ
  ログへの回帰を受けて、「手書き」の良
  さが見直されてきた昨今、筆ぺんの売上
  も落ち着きを取り戻してきているそうで
  す。じのさんちでは毎年60枚程の年賀状
  を書いています。正確には宛名もパソコ
  ン作成によるプリントですが・・・(汗)
  
 
 
                 
 
 
イメージ 3
左:ブリスターパックは業界初の筆ぺん。虎の巻の説明書も入っています。
右:現在の筆ぺんはインクジェット紙対応でインクはカートリッジ式です。
 
 
筆ぺんも時代の流れに沿って変化しているんですねぇ・・・
 
当時は200円の筆ぺん、今の筆ぺんは値段がとっても高いんですぅ
 
 
 
 
 

昭和なイトイラズ

 
≪≪≪≪≪≪≪ 昭和なイトイラズ ≫≫≫≫≫≫≫
 
專賣特許第一一ニ四五ニ號
家庭必需布類接合料
東京 合資會社 松恵製薬所鑑製
 
 
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イトイラズ・・・何やら聞き慣れない名前ですねぇ
 
 
イメージ 2
どうやら、布製品用の接着剤らしいんです。
薄っぺらい紙製の箱に入ったデットストック品です。
サイズ違いの2種を持っていますが、内容量の表示は見辺りません。
 
イメージ 4
ガラス瓶の形が可愛らしいですねぇ
表面には▲のボツボツとズライトイ、所薬製恵松の文字がエンボスになっています。
中身の接着剤は硬化しているようです。フタも固着していて空きません。
 
 
イメージ 5
 
 
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イメージ 9
 
昭和時代のパッケージデザインは味がありますねぇ
 
説明文にも時代性を感じますネ!
 
昭和8年発売 専売特許品 イトイラズ
 
 
 
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ところで
 
今日の千葉県地方ですが・・・
 
ちょうど通勤時間帯に台風26号が直撃しました。
 
いつもは、電車通勤のじのさんですが、内房線は運休
 
あぁ・・・こんな日は、仕事を休みたい気分ではありますが、
 
槍が降っても出勤せねばならないウチの会社、東北の震災の時は、
 
100km以上の道のりをママチャリで出勤した同僚もいました・・・(笑)
 
と言う事で、今日は暴風雨の中をマイカーで出勤する事となりました。  
 
 
イメージ 10
途中道路冠水3ヶ所
 
イメージ 11
土砂崩れによる通行止め2ヶ所
 
イメージ 3
倒木も3ヶ所ありました・・・
 
国道16号は大渋滞なので、旧道を走りましたが迂回の連続でした。
ちなみに埼玉から出勤している同僚が会社に着いたのは午後の3時を
回っていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昭和な中性洗剤

 
●   昭和な中性洗剤   ●
 
生野菜は、中性洗剤でよく洗ってから食べましょう。
 
イメージ 1
昭和な中性洗剤 ライオンマークの「ライポン」
当時の印刷技術の未熟さからか、奥さまの顔がブレていますねぇ
 
 
イメージ 2
箱の裏面の説明書きにも、当時の時代性を感じます・・・
「立ち洗濯は労力をはぶき、健康にもよろしいので特におすすめします。」だそうです。
 
 
イメージ 3
  ライポンがライオン油脂株式会社から発売されたのは1956年(昭和31年)のこと
  当時は野菜を生で食べる習慣がなく、食の洋食化により生野菜が食卓に並ぶように
  なると、野菜を中性洗剤でよく洗ってから食べるように推奨されていました。・・
  現在では考えられない事かもしれませんが、じのさんが幼少の頃は母親が桶に水で
  薄めたた中性洗剤に、キャベツの葉などを浸して洗っていたのを覚えています。
  画像のライポンは粉末タイプですが、1963年(昭和38年)に液体のライポンFが発売
  されました。ライポンF事件としてご存知の方もおられる事でしょう。
 
 
 
 
イメージ 4
昭和な中性洗剤 P&Gの「モノゲンユニ」
  初代「モノゲン」の後継品として、1964年(昭和39年)に「モノゲンユニ」を発売。
  このディフォルメされた羊の絵は、印象に残っている方が多いのでは?この羊の絵を
  見ただけで、毛糸洗いのイメージが湧いてきますねぇ
 
 
イメージ 5
  そう言えば、子供の頃に飼っていたペキニーズ犬を、母親がモノゲンユニで洗って
  いたのを覚えている・・・(笑)
 
 
 
イメージ 6
昭和なゴミ捨て場で発見した「ママレモン」の容器
 
じのさん的には、中性洗剤と言えば「ママレモン」です!
   子供の頃はしゃぼん玉液の代用として使ったり、石鹸の代わりに手洗いで使ったり
   しましたが、手荒れがひどかった・・・(笑)
 
   ちなみに、じのさんの勤め先のおばちゃんは、会社で使っている業務用の中性洗剤
   の事を「ママレモン」て呼んでます。 それママレモンじゃないって・・・(笑)
 
 
 
 
 
 

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昭和な置き薬

昭和な置き薬 
   最近は大型ドラッグストアの出店で、風邪薬など市販薬の購入スタイルも昭和の頃と
   比べると、大きくさま変わりしたものです。今回は家庭用配置薬として、いざという
   ときに重宝した昭和な置き薬の紹介です。
 
イメージ 1
じのさんの実家に残っていた昭和な置き薬の木箱
 
 
イメージ 2
引き出しの中には、当時の薬が残っていました。
 
 
イメージ 3
あぁ・・・懐かしい!
赤チンです〜
 
 
イメージ 4
 じのさんの子供の頃は、毎日自然を相手に遊んでいたから生傷が絶えず、年がら年中ひざっこぞう
 を擦り剥いていたもんです。そんな時、傷口に赤チンを塗るんですが、子供って加減を知らないもん
 だからたっぷり塗っちゃって、結果足の脛の方まで赤チンが垂れてしまい、スゴイ事になってました。
 画像の赤チンは、経年により液は蒸発していて、先っぽのスポンジもボロボロになっていました。・・・
 薬の木箱の上面には、子供の頃にじのさんが垂らした赤チンの跡が残っているのが見えますねぇ
 
 
イメージ 5
そして、こちらの薬箱はコレクションとして入手したものです。
 
 
イメージ 6
薬箱の中には、当時の薬が沢山残っていました。 昭和っぽい図柄が懐かしさを感じますねぇ
オロナインH軟膏や、ケロリンも入っていました〜
 
 
イメージ 7
薬箱の中には、昭和44年・45年・46年の精算書が残っていて、ほぼ一年毎に使用分を精算
していたようです。 したがって、これらの薬は昭和40年代の薬だと解釈できるでしょう。・・・
 
 
 
                                
 
 
 
この置き薬のシステムは、すでに江戸時代から始まっていた様で、「越中富山の薬売り」
は、多くの人が知るところでしょう。 置き薬は、薬箱に数種類の薬を入れ、使った薬の分
の代金を支払う方法で、実は現在でも行われているそうです。 薬屋さんが補充に来る時
紙風船やゴム風船をもらうのが楽しみでした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
 
富山堂 なつかCM 
年に2回しか来ないおじさんと、こんなに仲良くなれないと、子供ごころに見ていました〜(笑)
 
 
 
 
 
 
 
 
 

昭和なパラゾール

・・・・・・・・・・昭和なパラゾール・・・・・・・・・
 
10月に入り、朝晩は気温が低くなって来ましたね。
          この時季になると、タンスに仕舞っていたセーター等を着込んだりしますが、
          昭和な頃は、衣服に染み込んだ防虫剤の臭いで季節を感じたりもしました。
 
イメージ 1
洋服ダンス用防虫剤・初代パラゾール
未使用のデッドストックです。
 
 
イメージ 2
発売当時は金属製の容器だったんですねぇ
 
 
イメージ 3
こちらは、メタリックな色違いバージョン。
 
 
イメージ 4
それでは、中身がどうなっているか見てみましょう。
 
 
イメージ 5
フタを開けると容器を吊るす「カギ」の紙袋が入っていました。
 
 
イメージ 6
その下には、パラゾールの説明書き
 
 
イメージ 7
そしてパラゾール本体です。
発売後、50年以上経過して若干目減りしていますが、強い臭気を放っています。
 
 
イメージ 8
容器の穴にカギを引っ掛けて、タンスに吊るす仕様になっています。
 
 
 
   パラゾールが発売されたのは1958年(昭和33年)で、「鎌田商会」の看板商品となりました。
   その頃は社名の鎌田商会よりも「白元本舗」の呼名が一般的だったようです。
 
 
   「白元」では、ノンスメル・ホッカイロ・ミセスロイド・アイスノン・ソックタッチ等、息の長いヒット
   商品が多く、業界屈指のロングセラーメーカーとして知られています。
 
 
ところで・・・
パラジクロールベンゼンを覚えていますか?
  パラゾールには、パラジクロールベンゾールが主成分となっていますが、中学生の理科の実験
  でパラジクロールベンゼン使用した記憶があり、いったい何の授業だったのかネットで検索し
  たところ、パラジクロロベンゼンとなっています。 う〜ん微妙に呼名が違うんだけれど、時代と
  ともに呼名が変化したのか、それとも種類が違うのか?謎です。
 
 
 
昭和なパラゾール
 じのさんの記憶に有るパラゾールは、白いプラスチック製の容器でした。 洋服タンスを開けた時
 の独特な臭いは正直あんまり好きではありませんでしたが、引き出しには赤・黄・緑のセロハンの
 袋に入っていた防虫剤が入っていて、母親と一緒に袋の端をハサミでカットした思い出があります。
 
 
 
 
 
 
 

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