昭和的心の遺産を求めて・・・

私の生まれ育った南房総を中心に、昭和的な物・情景などを綴って行きたいと思います。

廃墟な行川アイランド

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      廃墟な行川アイランド      
最終章
思い出の行川アイランド
 
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思い出はモノクローム・・・ 「シェー」ざます!
 
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トロピカルなオウムの前で、小学3年生の頃
 
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そして我家に残っている、昭和の頃おみやげの定番だったペナントです!
 
  東京オリンピックが開催された1964年に行川アイランドがオープンしました。(私の生まれた年でもあります)
  当時では珍しかった「フラミンゴショー」の人気などから、1970年には年間117万人もの入場者数を記録し、
  当時の国鉄・外房線には行川アイランド駅まで造られたほどでした。しかし鴨川に大規模な水族館が開園 
  すると、入場者数が減少しはじめ1976年に会社更生法を申請、同年以降は一度も黒字になりませんでした。
 
  1980年代になると、千葉県内でも多くのレジャー施設が開業し、1983年に東京ディズニーランドがオープン
  するとさらに千葉県内の観光客を大きく奪われました。バブル崩壊後の景気低迷やレジャーの多様化によ
  リ来場客数と宿泊者が減少し累積赤字の増加が続き、2000年の入場者数は年間19万人まで減少。さらに
  開園以来ショーを行ってきたフラミンゴが高齢化となり、1羽50万円と言われる購入費用の手当てが出来な
  くなり、取締役会で閉園が決定しました。
 
  閉園決定の発表を受けて勝浦市では「行川アイランドを存続させる会」が発足、1万5千人の署名を集めま
  したが、自治体からの支援は困難であった為、予定通りの2001年8月31日に閉園しました。
 
  閉園後の敷地は2004年に共立メンテナンスが5億4200万円で取得。複合リゾート施設「ウエルネスの森」
  として開発を目指し、2007年10月に温泉井戸を1本掘削しましたが、世界金融危機後の景気低迷もあり、
  2008年10月14日に勝浦市に対して開発計画の無期延期の申し出がなされています。
 
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ご訪問頂いた皆様へ
 
                   長編記事にお付き合い頂きありがとうございました。
 
今回の記事に際し、決してこの場所を推奨するものではありません。
 
敷地内の立ち入りに関しては、自己責任の上でお願いいたします。
 
 
廃墟な行川アイランド
 
 
      廃墟な行川アイランド      
其のニ
2001年に閉園となった、行川アイランドの今を訪ねるシリーズ 
今回は、私の思い出の中から当時の行川アイランドを振り返ってみましょう!
 
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   1968年、開園後4年目の行川アイランドの駐車場です。沢山の観光バスで駐車場は一杯ですネ!
   当時は駐車場からキャリーカーに乗って移動していたようです。左からじのもんた4歳、母親、従姉弟。
 
 
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                               行川アイランドの駐車場にて。
 
  自家用の「パブリカ・バン」は前期型か
  ら後期型に乗り換えになっています。
 
 
 
 
 
 
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  ほぼ同じ場所から撮影した、現在の
  駐車場です。
 
  ヤシの木?も当時植えられた物で
  しょうか・・・
 
 
 
 
 
 
 
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 子供の広場 芝生が植えられ、のんびり遊べました。
 
 
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ところで・・・
 
 
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これ!ご存知ですか?
 
1970年代、毎週日曜日のお昼頃にテレビCMで映っていた謎の物体です!?
 
その正体は、
 
行川アイランドの展望台に設置されたステンレス製のモニュメントだったのです。
 
山口百恵やピンクレディー等多くのスターを生んだ日本テレビの「スター誕生!」
 
その番組のスポンサーが「ナスステンレス」でした。CMではステンレスの流し台
 
や、行川アイランドのステンレス製のモニュメントが映し出され、さびに強い性能
 
をアピールするものでした。 何を隠そう「行川アイランド」は「ナスステンレス」の
 
       親会社の経営だったのです。
 
 
閉園後、廃墟と化した行川アイランドですが
 
このステンレスのモニュメントは、今どうなっているのでしょうか?
 
実際に自分の目で確かめて見たくなりました。
 
それでは、次回「廃墟な行川アイランド」
 
其の三につづく
 
 
      廃墟な行川アイランド      
 
  行川アイランドは、かつて房総半島の東岸(太平洋側)に面した勝浦市浜行川にあった、動・植物
  を中心にしたテーマパークで、1964年日本に於けるリゾート施設の黎明期に開園しました。しかし
  鴨川シーワールドをはじめ、東京ディズニーランド等の各種テーマパークが関東各地に出来始める
  と徐々に来園客が減少し、経営が悪化。2001年の8月31日をもって廃園となってしまいました。
 
イメージ 1
行川アイランドの看板イベントだった「フラミンゴショー」 当時の絵葉書より転載。
 
   行川アイランドの趣旨は、「喧騒な大都会で生活する都市生活者に明日の活力を養う憩いの場として、 
   自然を基調にした独創的で魅力のある鳥の楽園を創造して、人と鳥と動物の共生を図る。」を掲げてい
   ました。
 
 
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2012年3月20日現在の行川アイランド入場ゲートを望む。
 
 
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           入園券売場と入場ゲートは撤去される事なく、当時のまま残されていました。
           朽ち落ちた天井の板や錆びた鉄柱が、閉園後10年の年月を物語っています。
 
 
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入園券売場です。
閉園間際、2001年の料金は大人(13歳以上)1600円・子供(4歳〜12歳)800円でした。
 
 
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誰かが置いていったガチャピンとムックの空瓶も、寂しそうに見えます・・・
 
 
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このカーテンの隙間から見えたのは・・・
 
 
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ファイナルサマーイベントの色褪せたポスターでした・・・
仮面ライダーや戦隊物のヒーローショーが行われていたのですね。
 
 
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もうショーは、永遠に中止です。
 
 
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子供の頃、わくわくしながら通った入園ゲートです。
 
 
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園内には、この長い通用口のトンネルを通って行きました。
  行川アイランドの敷地は旧日本軍の軍事施設の跡で、トンネルや弾薬庫として使われた洞窟がいたる所
  に存在しており、一部その遺構を通路等に再利用していました。
 
 
イメージ 3
通用口のトンネル内は、九官鳥を模った照明が残されていました。
 
 
廃墟な行川アイランド
 
まだまだ つづく
 

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