昭和的心の遺産を求めて・・・

私の生まれ育った南房総を中心に、昭和的な物・情景などを綴って行きたいと思います。

金谷・鋸山訪問記

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癒しのスポットへ・・・
 
今日は気温も暖かく、海が見たくなったので
じのさん的、癒しスポット富津市の金谷へ行って来ました。
 
 
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トンネルを抜けると、そこは癒しのスポット
子供の頃、このトンネルの向こうにカーフェリーが泊まっているのを楽しみにしていました。
 
 
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今日はもの凄い強風で、カメラを持つ手もブレブレです。
岩壁を歩いていたら全身が、潮だらけになっちゃいましたョ!(笑)
 
 
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さてさて、今回もご好評の?(笑)写真で見る今昔物語となります。
 この写真は終戦から10年後の、昭和30年の金谷の風景です。写っている道路は現在の国道
 127線ではなく旧道のようです。画像では解りづらいですが、道路の先には、かじや  旅館
 の看板が確認できます。
 
 
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  現在の金谷の風景です。山全体が凝灰岩山塊の鋸山も樹木が生茂って、特徴的な岩肌の
  露出が少なくなっているのは、少し残念な気もします。本来なら昭和30年の写真と同じ
  場所からの撮影が望ましいのですが、現在では景観を遮るものが多く、海側からの写真
  を掲載しました。 
 
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鋸山から飛び出してきた蒸気機関車
硬く長い岩山を貫くのは、大変な工事だった事でしょう。
鋸山のてっぺんに立つのは、まぼろしの鋸山タワー*****
 
 
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内房線が電化となって45年
現在では樹木が生茂って、昼でも薄暗く、鋸山の岩肌もわずかに・・・
 
 
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金谷小学校付近から鋸山を望む
写真右方に、浜金谷駅のホーム。左方の3人の女学生の制服は・・・?
 
 
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上の写真に写っている道路脇の松の木は無くなっていましたが・・・
右方の家屋は当時と同じなのには、ちょっと感動しちゃいました!!
 
 
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そして、次に向かったのは明鐘岬
 
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次回は、岬の喫茶店での出来事を・・・
 
 
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東京湾を進む自衛隊の護衛艦を目撃!
 
 
 
 
 

東山魁夷が見た鋸山

LLLLLLL東山魁夷が見た鋸山LLLLLLL
 
鋸山の山裾からはい上がる夕影と、岩肌に残る夕日
 
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晩照
1954年(昭和29年)
150.7×108.4㎝
東京国立近代美術館所蔵
 
東山魁夷が千葉県の浜金谷から見た鋸山を取材して描いた作品です。
毎日新聞社主催の第一回現代美術展出品作(佳作)
 
この作品について東山魁夷は、次のような文章を残しています。
  「これも、現実の風景というよりは幻想の世界といったほうがよい。浜金谷から鋸山を見ていると、
  波の音も、漁村のざわめきも一瞬、消え去って、深い山の中の暗い湖をひかえてそそり立つ岩山
  の前にいる気持ちになった。山裾からはい上がる夕影と、岩のある山頂にわずかに夕日の残る調
  子は、実景と想像とが交錯してこの画面に生まれ出たものである。」
 
 
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じのもんたが見た鋸山
5月13日撮影
 
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今から60年前、東山魁夷はこの場所から鋸山を眺めていたんでしょうね
 
実際には「晩照」に描かれたように、鋸山の岩肌に夕陽が映り込む事はありませんが ・・・
しかし魁夷のように、想像を膨らましてみればまた別の世界が見えて来そうにも思います。
 
 
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金谷と久里浜を結ぶカーフェリー「かなや丸」
 
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私の癒しのスポット金谷
 

ぶらっと金谷散歩

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8月後半、私の癒しスポット金谷にぶらっと行って来ました
 
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国道127号線、ガスト浜金谷店の脇の道に入ってみました。
この道は金谷の旧道です。鋸山から切り出された石塀が美しい。
 
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    古い自転車屋さんを覗いて見ると、昭和なポスターやフラッシャー付き自転車のキャリーが・・・
    一番驚いたのは、古いカワサキマークの付いたオイル缶が棚に置かれていました。
 
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カワイイ、カワイイ魚やさん て歌が聞こえて来そうな「まるよ商店」さん
    おばちゃん一人でガンバッテます!この日は結構種類がありましたが、時化ちゃうとお休みです〜 
 
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お魚屋さんの次は、お肉屋さん
 
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自家製コロッケが評判の笹生精肉店(松葉屋)さん
肉コロッケ2ヶ148円、ラスト1パックを購入!
 
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テンゴク堂薬局さん、何かお店の名前が微妙な感じです・・・
 
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和菓子の栄月堂さん。この日除けのテントって、昭和なお店のイメージですネ!
 
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最後はフェリー乗場まで
新鮮なお魚がいっぱいの「マルヨ商店」さん
 
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店頭で天日干しされているのは、するめいかの開き
 
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お目当ては、自家製「いかの塩辛」600円!
無添加で、ほんのり柚子の香りが最高に美味しい!
じのもんたもおすすめの1品ですョ!
 
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そして、本当のお目当てはコレ!
金谷フェリー乗場周辺を棲みかとするデブ猫の「カナニャン」
 
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あ〜気持ちイイニャン!て聞こえて来そうですが・・・
頸から耳の穴辺りをコショコショすると、爪を立てた前足でガッシリと掴まれて・・・
おかげで、私の手は血まみれになってしまいました 
 
金谷の猫だから「カナニャン」なんですが、本名は「セイイチ」と言います。
金谷のレストラン 「ザ・フィッシュ」の「セイイチ」さんと言う従業員さんに似ているからとか・・・
あぁ・・・その「セイイチ」さんて、私の中学生時代の同級生ですから・・・
 
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その日の晩ご飯は
 
 
休日はぶらっと金谷で、じのさんぽ
 
地元ネタで失礼しました 

金谷の今昔

     絵葉書に見る金谷の今昔     
  
  千葉県富津市の金谷地区は、元々は漁業を中心とした小さな村でしたが、江戸時代頃より岩山の
  切り出しが始まると村民の殆どが石切りの作業に従事し、大きく発展しました。 江戸城建築の際
  には、金谷から海を渡って運ばれた沢山の石が「捨て石」として使われたそうです。
 
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  昭和初期の絵葉書から 【房州鋸山 金谷方面よりの遠望】
 海岸には1頭の牛が草を食べている姿が見える。なんとも長閑な風景です。
 
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現在の 【鋸山 金谷方面よりの遠望】
          戦後金谷地区は、観光の名所として多くのレジャー施設が作られました。
          鋸山の景勝も木々が深く生茂り、岩肌の露出が少なくなって来ています。
 
 
                       
 
 
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昭和初期の絵葉書から 【濱金谷風景 海岸噴水洗身場】
 
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【濱金谷風景 海岸噴水洗身場】推定地  金谷海浜公園プール
 
この絵葉書に写っている噴水洗身場とは?とても興味深い写真です。
 
    噴水洗身場があった場所を特定するために、金谷の街を歩きながら年配の方を見つけては
    絵葉書を見せて尋ねましたが、誰一人知っている人はいませんでした。ある方が近所に80歳
    のじいさんがいると言って、ご自宅まで案内して下さり、この絵葉書をお見せした所、大変驚か
    れた様子でした。以下おじいさんにお聞きした話しをご紹介しましょう!
 
     突然すみません、この写真の場所を探しているのですが、ご存知ですか?
 
     これは古い写真だ、どっから持って来なさった
  
     私は、こうゆう古い写真が好きで沢山集めているんですよ
 
     そんにしても懐かしい!子供ん頃は海で泳いだ後に、この湧水で体を洗ったのを覚えてる
 
     これは湧水ですか?
 
     この湧水は鋸山に鉄道のトンネルを掘った時に出てきた水で、その水を浜金谷駅まで引っ
      張って蒸気機関車の給水用に使ってたのを、さらに浜辺まで引っ張ってた。蒸気機関車に
      水を入れてる時は、洗身場の水が出なくなってたな
 
     そうだったんですか〜それでこれはいつ頃の写真か解りますか?
 
     たぶん昭和15年頃だっぺよ、水の深さは小学生ん頃の膝ぐれーだったよ
 
     あと、写真に写ってる真中の建物は何でしょうか?
 
     これはあんだーな金谷ん役場だな、今は公民館になってる
 
     この洗身場があったのはどの辺ですか?
 
     浜ん方だよ、今は地元でも歳が80以上の人しか知らねっぺよ
 
おじいさん、貴重な当時のお話しありがとうございました!
 
   と言う事で、おじいさんからの話しでは具体的な洗身場の場所は不明でしたが、地図で浜金谷駅
   から浜辺までの距離や方向から察すると、現在のさすけ食堂の丁度裏側の場所にあったのでは
   ないかと推測します。 その場所は現在プールになっていましたが、このプールの水は鋸山鉄道
   トンネルの湧水なのか?までは確認できませんでした。 金谷海浜プールは7月21日より営業と
   なるので、今度係の方に聞いてみましょう。
 
                            
   
    
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昭和初期 金谷柴崎橋の風景
 
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金谷川の下流川口近くに架かる現在の橋は、昭和42年竣工
 
 
イメージ 7
              橋下の川底には、木製橋当時の橋脚が今でも残っていました。
 
    
   1枚の古い絵葉書を頼りに、当時と同じ場所を探し出すのは実に面白い!と思うのは私だけかも
   知れませんが、風景や風俗の変化に時の流れを感じ、当時その写真を撮った人はどんな思いで
   シャッターを切ったのか・・・実に感慨深いものがあります。
 
絵葉書に見る金谷の今昔
 
つづく
 

浜金谷駅

 はまかなや HAMAKANAYA STATION 
 
イメージ 1
昭和40年代の浜金谷駅 夏の風景
         駅にはビールメーカーの提灯が吊るされ、夏祭りの時期であろうか・・・
         ノースリーブのシャツに半ズボンの少年達、手に持っている箱は何でしょう?
         駅舎には、今では懐かしい伝言板が掛けられているのが見えます。
 
 
イメージ 2
現在の浜金谷駅
     駅舎の建て替えはされていませんが、駅名板が金谷石のモチーフってのがお洒落です!
     1枚目の写真のように、人物と絡んだ写真を撮りたかったのですが、平日の日中は利用客
     が殆どいませんでした・・・
 
                     ところで・・・
    地元では「金谷」と呼び、誰一人「浜金谷」とは呼びません。それでは何故「浜金谷駅」なんで
    しょうか? 私はその事について不思議に思い、以前調べた事があります。
 
    大正15年(1916年)金谷まで鉄道が開通した時、駅名が「金谷駅」ではなく「浜金谷駅」になっ
    たのは、当時金谷より早く、東海道本線にすでに金谷駅が存在していたからなんです。
    東海道本線の金谷駅と区別するために、浜を付けて浜金谷駅としたんですね
    東海道本線の開通は明治22年(1889年)ですから、北条線(現内房線)の開通より29年も早か
    ったわけです。
 
 
イメージ 3
鋸山ハイキングコースでは、煉瓦と石積みの橋脚、
それと頭上を走リ抜ける電車を、間近に見る事ができます。
 
 

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