昭和的心の遺産を求めて・・・

私の生まれ育った南房総を中心に、昭和的な物・情景などを綴って行きたいと思います。

房総レトロ旅

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新日本百景 鴨川松島

LLLLL新日本百景 房州鴨川松島LLLLL
 
   日本三景のひとつ宮城県の松島を思わせる景観から、その名がつけられた鴨川松島。
   最も大きな弁天島をはじめ、荒島・鵜島・雀島など7つの島々に茂る松の緑と透き通るような
   海、白波とのコントラストは外房随一と言われ、「新日本百景」のひとつにも選ばれています。
 
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昭和30年代の絵葉書に見る「鴨川松島」の風景  着色印刷
 
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戦前の絵葉書に見る「鴨川松島」の風景  着色印刷
 
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現在の「鴨川松島」の風景
 
 
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夏は絶景の海水浴場となります。
 
 
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昭和30年代の絵葉書に見る「鴨川松島」の風景と日東バス  着色印刷
 
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この道路沿いは、現在でも日東バスが運行されています。
 
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60年に一度の大祭り
厳島神社弁財天 本開帳
 
  今年の5月4日と5日の2日間、弁天島にある厳島神社のご本尊弁財天で60年に一度の大祭り
  「巳年大祭本開帳」が行われます。
 
 
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今から90年前、大正12年の弁天島厳島神社の弁財天中開帳の様子
漁船で作った板橋を渡ろうとして集まった人達が列をなしているのが見えます。
      
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 今から60年前、昭和28年の本開帳の様子
 
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今から30年前、昭和58年の中開帳の様子
この頃になると漁船も大きくなり、海面からの高さも高くなっていますね。
 
 
 厳島神社のご開帳の最大のみどころは、今ではほとんど見られなくなった船橋です。
 船橋は、橋が架けられない川などに船を浮かべ、板を渡して橋の代わりにするもので、架橋技術が低かった
 昔は全国各地で見られました。厳島神社がある弁天島は、鴨川漁港の沖合にあります。現在は漁港の堤防
 と島の間に橋が架けられていますが橋がなかった時代は船で渡るしかなかったため、ご本尊の渡御や参拝
 で人の往来が盛んになるご開帳のときには、漁船同士を横付けした状態で停泊させ船と船の間に板を渡して
 橋代わりにしました。橋がなかった昭和28年(1953年)の本開帳は、強風が吹き荒れ初日の夕方に船橋が壊
 れたためご開帳が中止になったそうです。陸続きになった現在、船橋を作る必要はなくなりましたが、昔からの
 伝統を尊重し、ご開帳の期間中、鴨川漁港から弁天島まで海上に漁船を並べ船橋を作ります。大漁旗を掲げ
 た漁船が50隻近く連なる光景は厳島神社のご開帳でしか見る事が出来ないと思います。
 
 
60年に一度の大祭り
一生のうち、一度か二度のご開帳です!私も是非行ってみようと思っています。
詳しくは、鴨川みなとまつりで検索してください。
 

土木遺産 山生橋梁

LLLLLLLL土木遺産 山生橋梁LLLLLLLL
 
   千葉県鴨川市太海のJR内房線・山生橋梁が、公益社団法人土木学会が選奨する今年度の
   土木遺産に認定されました。
 
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山生橋梁は江見駅と太海駅の間の海岸線に緩やかなカーブを描きながら架かる鉄道の橋です。
 
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建設中の山生橋梁 大正12年頃の撮影
 
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完成後89年目となる、現在の山生橋梁の姿
 
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山生橋梁は鉄道橋としては日本で初めて鉄筋コンクリートT字型梁形式を採用。
それまでのレンガや鉄骨によるアーチ式から桁・梁式へ進化する記念碑的な建造物として評価されました。
 
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           長さ164.8㍍、高さ11.5㍍で、幅は3.66㍍。両脇の橋台と15本の橋脚で支える。
     工事中に起きた関東大震災にも耐え、太平洋の波が洗う過酷な環境ながら、塩害を考慮して鉄骨
     ではなく鉄筋コンクリートを採用したためか、大規模な補修もなく現在まで利用されてきました。
 
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大正時代の土木技術
 
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手の届く位置で観察する事もできます。
 
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山生橋梁の海側には、国道128号線の房州大橋が並走しています。
 
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戦前の絵葉書には山生コンクリート橋と記載されています。
 
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山生橋梁の撮影は海側から15本の橋脚を望む撮り方が定石だと思っていましたが、
鉄道愛好家は、山側から山生橋梁を挟んで海をバックに撮影するのだそうです。なるほど・・・
 
 
車で 山生橋梁に行く場合は、近くの「道の駅鴨川オーシャンパーク」の駐車場を利用すると良いでしょう。
駐車場利用の際は、お買い物もお忘れなく
 
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千葉県市原市牛久・西銀座商店街朝市
  千葉県市原市の牛久地域は、古くから房総半島の交通の要街として栄えました。現在でも昭和
  時代建てられた数多くの商店が建ち並び、毎月3と8の付く日には朝市も開催されています。
  昨年この商店街のレトロな街並みの記事を掲載致しましたが、今日朝市の様子を見る事が出来
  ましたので、改めて紹介致します。
 
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午前9:00の朝市の様子です。
片側車線に、野菜と魚の店が出ていました。
 
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勝浦漁港に水揚げされた新鮮な魚を直送!
 
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写真右は、旬のカツオです。
勝浦漁港といえばカツオですね!マグロみたいにでっかいカツオも売っていました。
 
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野良猫がいたら喜びそうです・・・(笑)
 
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こちらは八百屋さん、安い!
 
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お客さんは、お年寄りの方が殆どでした。
 
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以前はもっと出店も多くて、大勢のお客さんで賑わっていたそうです・・・
 
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「今日は時化で魚が少ねーよ」とは、店主談
 
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朝市の中で、何故か「花まつり」
 
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今日4月8日は花まつりですよ〜と、声を掛けられて・・・
 
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商店街に設置された花御堂
 
4月8日は「花まつり」といって、お釈迦さまの誕生日なのだそうです。
花御堂の中には、金属製の幼仏像が祭られていて、甘茶を参拝者によって仏像にかけます。
 
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私もすすめられて甘茶をそそぎ、ティーパックの甘茶のおすそ分けにあずかりました。
 
 
    この後は、大多喜方面に向かい「廃ドライブイン」の撮影と「骨董・古民具の本陣」へ、そして
    「いすみ鉄道国吉駅」で久留里線を走っていたキハ30型車両に再会した後「廃隧道」の撮影、
    御宿海岸に出て海岸線を下り「小湊の水族館跡地」そして「鴨川松島」で今昔の写真撮影後、
    太海にて土木遺産の「山生橋梁」を撮影して来ました。
 
    今日は昨日までの強風も治まり、太平洋を望む春の風景に身も心も癒されて来ました。

冬の山上にて

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   山並みは幾重もの襞を見せて、遥か遠くへ続いていた。冬枯れの山肌は、沈鬱な茶褐色の、
   それ自体は耐え難い色であるが、折からの夕陽に彩られて、明るい部分は淡紅色に、影は
      青紫色にと、明暗の微妙な諧調を織りまぜて静かに深く息づいていた。 その上には雲一つ
      無い夕空か、地表に近づくにつれて淡い明るさを溶かし込み、無限の広がりを見せていた。
 
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    人影の無い山頂の草原に腰をおろして、刻々に変わってゆく光と影の綾を私は見ていた。  佐貫  
    駅から、この鹿野山まで三時間の山道を宿泊のための米と絵具箱を詰めたリュックサックを背負
    い画板を抱えて登って来たのである。すっかり汗ばんだ肌に、冷々とした大気が快かった。 山上
    の寺の宿坊に泊めてもらう以外には泊る場所もない。 まだその頃はバスも通っていなかった。
  昭和二十一年の冬のことであった。
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  この広濶な眺望が海原の波の起伏を見るように、心に響いてくる山と谷の重なり、束の間の夕映
  えであるにせよ、やすらいと救いを約束するかのような静かな空。谷間の夕影の中に、一筋の道
  が見える。独り山路をを登って来て、次々に浮かんでは消えていった想念の帰着点に私は立って
  いる。しかし、いま、私の心はいくつもの谷を越えて、青霞む遠くの嶺へ更に、その向こうの果てし
  ない空へと誘われてゆく。すると、ここはまた、新たな出発点であるとうのか。
 
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東山魁夷「残照」1947
 
  これは東山魁夷higashiyama kaiiのエッセイ集「泉に聴く」に収められている「冬の山上にて」
  の冒頭の文です。東山魁夷は昭和21年の冬、米と絵の具箱をつめたリュックサックを背負い、
  画板を胸に抱えて、佐貫駅から徒歩で3時間かかって鹿野山へ登りました。その間、古い回想、
  両親の思い出、人生の出発点ともいうべきことなどの回想を記しています。僅かですが、ところ
  どころに佐貫町の様子が書かれていて、当時の当地域の様子を窺うことができます。
 
  鹿野山をモチーフとした「残照」と題する作品は、第三回日展において特選となり、政府に買い上
  げられ、魁夷が世に出るきっかけとなったといわれています。
 
  実際は鹿野山から観た、高宕山などの上総丘陵が幾重にも連なる山並みの風景で、「九十九谷」
  くじゅうくたにと呼ばれ、大町桂月は「天下の奇観」と激賞しています。
 
  九十九谷は昭和63年に「房総の魅力500選」に、平成19年には「ちば眺望100景」に選定されまし
    た。
 
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千葉県市原市牛久・西銀座商店街
  千葉県市原市の牛久地域は、古くから房総半島の交通の要街として栄えました。 現在でも昭和時代
  に建てられた数多くの商店が建ち並び、毎月3と8の付く日には朝市も開催されています。 私は以前
  よ商店ある国道409号線を自動車で通る度、古い街並みがとても気になっていたのですが、
  今年の月に商店を散策して来ました。
 
それでは前回のつづきとなります。
 
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(有)長嶋製菓店さん ここには以前ご紹介した昭和なベンチが有ります。
 
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 前回のうさぎの横断旗もそうですが
 この街の人々は、物を大切に使う心
 を持っているのイメージ 8ですね・・・感動
 
 
 
 
 
 
  にしても、この看板には
  ビックリです〜凄い!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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常澄表具店さん この商店街は昭和な看板建築のオンパレードです。
 
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家屋曳方 鳶古屋さん 特徴的な看板建築です。
 
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長嶋豆腐店さん 氷も有ります。
 
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(有)門倉商店さん シャッターには昭和なペイントが・・・
 
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色褪せたナショナル坊やが描かれていました。
 
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大正時代の駅舎が残る上総牛久駅 
 
歴史が息づく街 上総牛久西銀座商店街
 
この商店街に行けば必要な物がなんでも揃う・・・
そんな時代も有ったんだと
多種多様なお店が建ち並ぶ様に感動した私でした
 

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