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闘病の記録 大腸ガンと闘う その22 この 「闘病の記録」 は一応 今回で終わらせて頂きます。 大勢の方々に、読んでいただき、また 勇気を与えてくださり、 誠に有り難うございます。 この紙上をお借りして、御礼申し上げます。 人は健康で生活していると、自分が病気になるとは、誰も考えていない。 永久に病気には、縁の無いものと思っている。 いや、それすら考えていないものである。 ところが、何かの弾みで病気になり、医者の診断を受けると、 途端に色々と不安が噴出して、止め処も無くあれこれ考える。 しかも普段健康であれば有るほど、妙に疑い深く詮索する。 診断が予期しない結果の場合は、更にそのショックは大きく、 一変にどん底に突き落とされたような、不安と焦燥が襲い掛かってくる。 予期せず、ガンとか、脳卒中と診断されたとき、死を宣告されたと思ったり、 またその診断が誤りの可能性があると思ったりする。 些細なことでも、人は自分の不幸には過敏であり、 大きな不幸と実感しやすいものである。 そのような時、気持ちが動転するなということは、無理では有るが、一呼吸おいて、 気持ちを整理し、納得が行くまで質問して、状態を把握することである。 医師を信頼し、今後取るべき方法を、納得のいく相談をすべきである。 徒に、安易にあちらの医師こちらの医師と、医師を代えての診断は、 早く取るべき処置を遅らせたり、 多くの診断結果で決定判断に迷いが生じたりしないよう、 納得できる判断をすべきである。 人間の身体は、実に絶妙な調和で、この命が支えられている。 その神秘な調和には、感動し、驚嘆するばかりである。 生命の偉大さを知り、生命の尊厳と可能性を認識する。 人は死の直前まで、生きる、いやあらゆる可能性を秘め、 そして寿命がどこまで在るかは、全て天命である。 今まで、健康ゆえに考えもしなかったことを、病気をして初めて考え、病気快癒の過程で、 神秘の調和を実感し、生と死を考えることは、むしろ幸運である。 その様に考えたとき、体調に関しては、全て解放され、 全ての生活は、なんら拘束されず、自分の状態に応じ、自己管理の基に出来る。 病気になったら、医者の世話に成らなければならない。 薬の世話にも成らなければならない。 しかし、病気は医者が治すものではない。 薬が治すものでもない。 あくまでも、手術にしろ、投薬にしろ、補助的手段であって、 病気そのものを治す力は、己の中に潜んでいる「神秘な調和」、 「己の気力」であると知った。 一病息災。 「健康である」と自意識が過剰であると、体内調和が乱れる。 病を知って、初めて健康の有難さを知り、自分を大切にする心が芽生えるものである。 病気になったら、医者を信頼することが大切である。 人は、色々の問題を抱えて生きているものである。 誰もが幸福を望みますが、「悩み」や「苦しみ」があり、 心の平静は、避けようの無い災難に脅かされ、 人は不運、不幸というが、 不幸は災難それ自体に在るのではなく、 災難を契機に一切の「望み」を失うことから、始まる。 人は、逆境にあっても、不幸に耐えることができ、 逆境にも幸せを実感することも可能である。 現実を受け入れ、 身の程を知ることは、「希望」を手に入れることである。 願望のなかに生きるのでなく、「希望の中に生きて」、幸福はそこにある。 大腸ガンで、「5年後の生存率は、医療統計からの推定で40%以下」 と 宣告され6年間生存の私。 15年前の医学常識で、「脳卒中で回復不能、恐らく寝たきり」 と 宣告され、今元気な妻。 脳梗塞で、「90歳過ぎてリハビリですか」 と言われ、 95歳で生涯を終えた父。 元気で最期まで父の世話をし、その後元気に5年生き、 「最期は人の世話にならずに、コロッと逝きたい」と言い続けた母は、 正月の3・4日に「年賀状を出さなかったから」と親戚・知人に電話した後、 正月6日肺炎を患い、7日に枯れ木が朽ちるように、 94歳の生涯を、理想通りに終えた母。 人それぞれ、天寿・天命を持って生き、いや生かされているので、 それを全うすることが人生であると思います。 この「闘病の記録」は、内面の気持ちをメモ程度に綴ったもので、 改めて読み返すと当時の状態状況でないと、表現できない部分が有る事に気付きました。 病気に不安を感じておられる方に、僅かでも記憶の片隅に止めて頂き、 参考になればと思い、拙い文章で恐縮でしたが投稿させて頂きました。 |
健康・大腸がん闘病の記録
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