なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

歴史・昭和20年8月

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   昭和20年8月のこと  その13   終戦

   写真家・浜谷浩の昭和20年8月15日の日記
   大正4年生まれ 当時30歳
   太平洋戦争直前、写真家・木村伊兵衛に誘われ、海外宣伝機関の東方社に入社、
   軍関係国策写真を撮影。
   撮影した写真が合成され、実戦写真として新聞に使用されたので、写真は事実の記録と考え、
   ウソの写真を撮ってまで軍に協力する気がなく退社。 
   以後新潟県高田を中心に雪国の風土と人を撮り続け、「雪国」「裏日本」を発表。
   昭和35年欧米の写真集団に寄稿写真家となり世界に発表。

   8月15日
     十二時天皇陛下大詔ヲ下シ賜ウ
     西城町市川邸ニテ御放送謹聴
     戦争ハ終ワリ 日本ハ敗レタリ
     語ナシ
     コノ日誠ニ晴天 雲 悠々
     写真機ヲトリテ コノ太陽トコノ雲ヲ
     ワケモワカラズ 写シテイタ
     又 自分ノカウイフ 二度ト無イ時ノ
     顔ヲ写シテミタリシタ
     夜ハ 屋根又ハガサレタ 田村写場デ
     二百燭ノ電球ヲ点ケテ
     高田ノ一統ト会食
     又モ 余更ケテ 市川邸ニ泊ス
     一服ノ 茶ヲ喫ス

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   学徒・某の昭和20年8月15日の日記
   昭和4年生まれ 当時16歳
   旧制中学生 1年から勤労奉仕 中学3年で動員学徒として、高射砲の弾丸を作っていた。
   家から朝6時、自転車で2時間かけ工場通勤、途中艦載機の機銃掃射に何度も遭遇。
   毎日の疲労で本を読む気力が薄れ、日記を付ける文字を見て学問の飢えを癒していた。 
   8月15日の日記は、玉音放送を聴いてカーッとなって、
   机の前に正座して、居ずまいを正し、墨をすり筆をとって書いたと言う。   
   こうしなければ天皇に申し訳がないという気持ちであったと云う。

   8月15日 水曜日 曇
     警戒警報と共に起床。 暫くして空襲となる。 艦上機なり。 
     父が昨夜ラジオが今日の正午に重要なる放送ありと報道したと伝えた。     
     7時30分頃であらうか。防空情報の行はるる間に放送員は厳かに伝えた。
     「畏きーー」
     正午を待つ。
     粛然たる君が代に続き有難や異例の聖上の御放送だ。 皆泣いた。 
     ポツダム宣言受諾せられたる詔、遂に悲しき日は来たのだ。
      血と涙の生活を 送らねばならぬ
      何事も勝つのだと 頑張ったが
      畜生 憤激す
      全身の血が 逆立った

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