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昭和20年10月のこと その1 歌手・並木路子の「リンゴの歌」 作詞 サトーハチロー 作曲 万城目正 赤いリンゴに唇よせて だまってみている青い空 リンゴはなんにもいわないけれど リンゴの気持ちはよくわかる リンゴ可愛いや可愛いやリンゴ あの娘よい子だ気立てのよい子 リンゴに良く似た可愛い娘 どなたがいったかうれしいうわさ かるいクシャミもとんで出る リンゴ可愛いや可愛いやリンゴ 朝のあいさつ夕べの別れ いとしいリンゴにささやけば 言葉に出さずに小くびをまげて あすも又ねと夢見顔 リンゴ可愛いや可愛いやリンゴ 歌いましょうかリンゴの歌を 二人で歌えばなおたのし 皆で歌えばなおうれし リンゴの気持ちを伝えよか リンゴ可愛いや可愛いやリンゴ 焼け跡の虚脱状態のなか、その日その日を生き抜く人々に、 笑顔を取り戻させたいという願いが込められ、その願いはリンゴ畑で歌われる、 この「リンゴの歌」に集約され、大ヒットした。 映画の内容は、楽屋番の母親の手伝いをしていた少女が楽団人に助けられながら、 歌手になっていくというスター誕生物語。 昭和20年(1945)10月10日、封切られた戦後映画の第1作目「そよかぜ」の主題歌であった。 映画は佐々木康監督の作品・松竹、作詞はサトー・ハチロー、作曲は万城目正である。 (映画「そよかぜ」は、松竹・佐々木康監督の作品で、戦後映画の第1作目、 GHQ検閲映画第1作でもある)。 (主題歌「リンゴの歌」はサトー・ハチローが終戦2ヶ月前に、 灯火管制の暗幕の下で、作詞した。 (主題歌「リンゴの歌」のレコードは昭和21年1月発売) この歌にふさわしい、澄んだ歌声のヒロインを探していたスタッフの眼にとまったのが、 当時25歳で松竹歌劇団出身の並木路子であった。 この映画のヒロインに最も要求されるのは、見るものが誘われる自然の笑顔であった。 然し並木が作る笑顔は、ぎこちなかった。 多くの日本人同様、彼女も戦争による心の傷を負っていた。 この年3月の東京大空襲で、並木と母親は炎の中を逃げまどい、隅田川に飛び込んだが、 彼女は救われ、母親は亡くなり、心の傷は癒えていなかった。 万城目先生が「新橋や有楽町をごらん。 親を失った子供たちが元気に働いている。 大人の君がいつまでも泣いていては駄目なんだよ」と、 出来上がったばかりの譜面を手に励まして下さいました。 そして、レッスンするうち、この歌にこめられた先生の思いが伝わってきて、 笑顔が自然と出せるようになりましたと、並木の心を変えてくれた、先生の言葉をかみしめて、 当時を振り返るという。 映画のヒットと共に話題を呼んだ「リンゴの歌」を全国に届けたのはラジオであった。 ラジオ初放送は12月10日芝・田村町・飛行館スタジオでのNHK公開番組「希望音楽会」で、 並木は小脇にリンゴの入った籠を抱えて客席に降り、リンゴを配りながら歌った。 リンゴは当時貴重品で、奪い合いで会場が大騒ぎになったのは有名な話という。 (当時リンゴ1個の値段は闇市で5円で、サラリーマンの月給200円時代。 替え歌に「リンゴ高いや、高いやリンゴ」まで出来たくらいである。 大島幸夫「人間記録―戦後民衆史」記述) 大晦日の「紅白音楽試合」では、高峰秀子、霧島昇、ディック・ミネら当時の大スターと 歌声を競った。 さらに、戦後第1号として発売されたレコードが、30万枚の売り上げを記録、 この一曲で、並木は国民的歌手となったのである。 暗い辛い戦争時代を潜り抜けて、生きることさえ困難な状況から脱出したいという願望を、 この歌に託して来た人々の、安堵開放感にマッチしたので、大流行したというのが 定説になっているという。 並木は「この歌がなければ、私はいつまでも戦争被害者のままだったが、 「リンゴの歌」は日本人の心の応援歌で、 私は歌うことで皆さんを応援し、聞かれることで応援されていました」 時代がどう変わろうと「リンゴの歌」の価値は変わらないと、語る並木の思いが、 終戦50年後の平成7年(1995)に、新バージョン「リンゴの歌」のCD発売。 そして、「リンゴの歌」を阪神大震災復興の応援歌として歌ったという。 並木路子=本名南郷庸子(つねこ) 心筋梗塞のため平成13年(2001)4月8日死去(79歳) 松竹歌劇団出身 昭和18年(1943)「御代の春」で歌手デビュー。 青森県リンゴ対策協議会から感謝状(87年)、 長野県市民団体から「リンゴ女王賞」(88年) 並木さんの兄は戦死、東京大空襲で母親を、終戦後の引揚げ途中で父親を亡くし、 戦争は痛ましい記憶であった。 終戦直後を振り返り「毎日、稗(ひえ)や芋を混ぜた飯を食べるだけで、 リンゴってどんな味がしたのだろうと,思い出しながら歌った」と語っていたという。 (2001年4月9日「東京新聞」夕刊) 93年日本歌手協会副会長に就任した。 稗(ひえ)=イネ科の1年草で、稲に似ていて、実は黄色く細かい粒。 現在は鳥の飼料用に栽培されている。 「りんごの歌」は、故 霧島昇とのデュエットでレコーディングされ、昭和21年1月発売。
その後、「森の水車」「バナナ娘」などのヒット曲を出している。 「そよかぜ」に主演。 9月1日に出演交渉され、封切りが10月11日のスピード撮影だった。(松竹) NHKラジオ番組で「リンゴの歌」を歌う。 芝・田村町・飛行会館で収録。(日本コロンビア) |

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2009/5/16(土) 午前 10:32