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鳩ヶ谷市内とその周辺 03 鳩ヶ谷氷川神社 鳩ヶ谷市三ツ和3丁目に鳩ヶ谷氷川神社がある。 鳥居を潜り、先ず手を洗い、口をすすぐ。 何と「手洗石」は寛政8年(1796)に 奉納されたものに、上水道の水を引いた物であった。 今まで神社・仏閣に参拝・参詣したが、「手洗石」はほとんどが最近の物で、 明治以前の物は放置され、忘れ去られ、又は土埃に埋もれて、ただそこに在るだけの物である。 然し此処の「手洗石」は水道が引かれ,立派に現役を勤めていることに、新たに感激した次第である。 水道料が高くつくのでは??と思い、宮司さんの心使いにお賽銭を弾む。 拝殿の前に、 「懐具合が寒くとも、励まし合えばあたたかい」 との言葉と、次の言葉があった。 宮司さんの心使いと励まし、何気ない教え。 なるほど!!なるほど!! この神社には「算額」が奉納されていて、鳩ヶ谷市指定の有形文化財になっている。 それによると、 『江戸時代から明治時代にかけて、日本独特の数学を確立した和算家たちが、 出題と回答を額にして、神社・寺院に奉納したもので、享和4年(1804)奉納の「算額」は、 埼玉県内に現存する中で8番目の古さと言う。 「算額」には、数学の問題が2問あり、第1問は「三円の直径を求める2次方程式」、 第2問は「ピタゴラスの定理の開法と、その直角三角形内の5個の内接円の直径を求めるも」。 出題・解答とも、漢字で書かれていて、2問とも正確に解かれていると言う。 円周率3.16(現在は3.14・・・)を使用しているのは、 当時としては大変珍しい例であると言う。 小渕村では、享和2年秋から翌年春まで、村の西沼の水田に、村人総がかりで悪水路工事を していた時、測量・設計・施行を自力で行った村民たちが、2次方程式や三角法を学び、 大工事の完成を祝って奉納したものと思われる』 と記されている。 今から200年前に、2次方程式、三角法、円周率などを一般農民に学ばせたということは、 驚異である。 大学入試センター試験に出題したら、何人が解答できるのだろうか?? 今の文部科学省の教育方針で「ゆとり教育」などと理屈をつけて、 「円周率は面倒だから、3 でイイヤ」などと教育する現在の政治屋・教育屋は肝に銘ずべきである。 説明板の転載なので不鮮明です。 この神社には貴重な「絵馬」があると言う。 『天保14年(1843)奉納された「絵馬」は、12代将軍・徳川家慶の日光東照宮に参詣の際、 日光御成街道沿いの小渕村(現在・鳩ヶ谷市三ツ和)地内に、将軍の小休所が設けられたのを 記念して、その風景を「休斎」という画家に描かせたものを奉納した。 日光御成街道の松並木や休憩場所など、当時の様子が良く描かれているていると言う。 このような将軍の小休所を描いた絵馬は、他に例が無く貴重であると言う。 材質は檜板、裏面に52人の奉納者の名前が書かれてい』 と言う。 鳩ヶ谷市の有形民族文化財に指定されている。(寸法:縦23cm、横141cm) 江戸時代には庶民の苗字使用は、公文書では許可されていなかったが、
絵馬に書かれた奉納者から私的に苗字を使用していたことがわかると言う。 説明板の転載なので不鮮明です。 |
散策・埼玉 鳩ヶ谷
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