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東京オリンピック (昭和39年(1964)10月10日) 昭和39年(1964)10月10日に第18回オリンピック競技大会が東京国立競技場で 開催された。 東京国立競技場関連記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/naojyi/21139601.html アジアで初めてのオリンピックとなった東京大会には、 参加国は大会史上最多94カ国、参加選手7495人。 競技内容も、187のオリンピック新記録と、40の世界記録が誕生し、 陸上と水上とで殆どの種目でオリンピック記録が塗り替えられた。 なかでも陸上100mで追い風参考記録10秒の壁を破ったアメリカ・ヘイズ (この時人類は、初めて10秒の壁を破った)、 マラソン2連覇を遂げたエチオピア・アベベ、 競泳で4個の金メダル獲得のアメリカ・ショランダーらは多くの人々に感銘を与えた。 日本選手の活躍では、重量挙げフェザー級で三宅義信が世界新記録で金メダル、 レスリング5階級で金メダル、男子体操は前回に次ぐ団体優勝、個人総合で遠藤幸雄が金、 鶴見修治が銀、種目別で金3、銀3、「体操王国・日本」を世界にアピールした。 新種目柔道では、無差別級決勝で神永昭夫がオランダ・ヘーシンクに敗れたが、 3階級に優勝し面目を保った。 女子バレーボールでは、「東洋の魔女」が宿敵ソ連を倒し金を獲得、 このときのテレビ視聴率は実に85%に達し、優勝の瞬間前後に東京都内で電話する人は いなかったという熱狂振り。 そのほか、円谷幸吉が1万mで6位、マラソン3位の力走を見せた。 日本は金16、銀5、銅8で、アメリカ金36、ソ連30に継ぐ第3位で 開催国の名誉を守った。 女子バレーボールの大松博文監督は「おれについてこい」と、 一年を通じた合宿でチームの和を育て、優勝へと導いた。 東京大会は指導者、コーチ、科学者が一体となって、成果をもたらし、 後の日本のスポーツレベルを向上させる基礎を築いた、輝かしい大会であった。 日本は開催決定から、準備期間の7年間、オリンピック関連投資額は実に一兆円を超え、 諸外国では30億ドル(為替レート・1ドル=360円)のオリンピックと驚嘆した。 だがその8割は新幹線、高速道路、地下鉄などの交通網の整備にあてられ、 先進国の仲間入りを果たしたことをアピールすると共に首都圏の交通網の過密化を この際打開するのが、国家目的とされた。 建築家やデザイナーなどが総力を結集して日本の高さを内外に示したのである。 日本女子バレーボールの優勝・金メダルに輝く表彰式で、東・東京都知事と握手を交わす
キャプテン河西昌枝。 10月23日、駒沢屋内球技場で行われた女子バレーボールの決勝戦で、 日本がソ連を破って優勝した瞬間。(朝日新聞) 遠藤幸雄の鉄棒の演技。 個人総合と平行棒で金メダル、床運動で銀メダルに輝いた。 日本勢はウルトラCを連発した。 三宅義信はジャークの3回の試技で、3回とも世界記録を更新、圧勝して 「記録男」の異名を取った。 マラソン2連覇を遂げたエチオピア・アベベ。 レスリング・フリースタイル・バンタム級で優勝した上武洋次郎。 レスリングでは金メダル5個と健闘。 「東京五輪の華」といわれた、チェコスロバキヤのチャスラフスカ。 個人総合、平均台、跳馬で金メダル。 |

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