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さいたま・大宮 02 中仙道・浦和宿から大宮宿 旧中山道の浦和宿から大宮宿への道は、現在重要な道路として整備されている。 また、明治16年7月上野―熊谷間に鉄道が開通し、旧中仙道と平行して線路が敷設され、 これも現在整備されている。 ここ大宮駅は貨物の集積・操車場として広大な場所に線路が敷設されていたが、 新幹線建設や、操車場の整備で、広大な土地を出現させ、現在の「さいたま新都心」として 整備された。 さいたま新都心のビル郡、JR路線、道路などが、現在見違えるような変身振りとなったのである。 街並み・道路の整備変身が行われた地域、浦和区針ヶ谷3丁目にある JR京浜東北線・跨線橋・大原陸橋の自動車専用東側出入り口に、庚申塔が安置されていた。 正徳4年(1714)の銘がある。 ここに300年もの長い間、安置され信仰されていたとは、驚きである。 多くのこのような庚申塔、供養塔などの民間文化財が、廃棄され消滅している現状を考えると、 よく跨線橋建設のときに失われなかったことが不思議である。 心の貧しいい人が最近多くなり、文化財であるという認識に欠ける人が多く、憂慮するとともに、 次の世代に貴重な文化財を残していきたいと思う。 右から新都心大橋。 かつてここにあった大原橋は、浦和市、大宮市、与野市の3市にかかわる跨線橋で、 近くに跨線橋が無かったので、東西の交通路の要衝で常に渋滞。 国鉄時代からの大宮貨物集積所・貨物操車場の広大な跡地の整備で、ここは見違えるようになり、 さいたま新都心にと発展した。 高層建築は日本郵政グループさいたまビル。 隣は郵便さいたま新都心局で、さいたま市内の郵便物集配業務の一貫を担っているという。 その隣は埼玉県合同庁舎2号館、1号館。 そして更に、多目的ビル・さいたまスーパーアリーナとビルは続く。 新都心大橋の西側交差点。 大原橋が大変身したJR東北線・高崎線の跨線橋。 新都心大橋からJR東北線・高崎線の浦和方面を望む。 電車はJR京浜東北線・東京・横浜方面行き。 高崎・東北線の複々線、貨物待機線などなど、上越・東北方面の分岐点である大宮駅までの 複雑な路線。 新都心大橋からJR東北線・高崎線のさいたま新都心駅・大宮駅方面を望む。 ビルは日本郵政グループさいたまビル、郵便さいたま新都心局、埼玉県合同庁舎2号館、1号館。 JRさいたま新都心駅西側埼玉県合同庁舎1・2号館口。 さいたまスーパーアリーナに架かる人道跨線橋・大宮ほこすぎ橋 橋の由来は、さいたま市の歴史から、時代に流されないようにと言う事で、氷川神社の参道の並木が、 明治―大正―昭和とスギの木が主であり、昭和9年に作られた「大宮をどり」に「鉾杉」と 唄いこまれていて、杉並木が原点であった。 そこで新都心と大宮市をつなぐ「辻」であり、参道の杉並木に因み「大宮ほこすぎ橋」と 命名したという。 大宮ほこすぎ橋よりJRさいたま新都心駅方面を望む。 ビルは右より多目的ビル・さいたまスーパーアリーナ、埼玉県合同庁舎1・2号館、 日本郵政グループさいたまビル。 大宮ほこすぎ橋よりJR大宮駅方面を望む。 線路は、右から京浜東北・上下線、高崎・東北・上下複々線(現在貨物列車通過中)、整備空地、 高崎・東北貨物待機線。 更に高架線は東北・上越新幹線、高架下は埼京線。 上越・東北方面の分岐点である大宮駅までの複雑な路線。 この一帯で各線が複雑に絡み合ってそれぞれの行き先別に振り分けられ、大宮駅各線ホームにと ポイントが切り替わって到着・出発ホームに振り分けられている。 |
散策・さいたま大宮
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