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さいたま・浦和 46 見沼氷川女体神社・祇園磐船竜神祭 昨5月4日、見沼氷川女体神社では「祇園磐船竜神祭(ぎおんいわふねりゅうじんさい)」が、 執り行われた。 (さいたま市指定史跡「氷川神社磐船祭祭祀遺跡」) 縄文時代、海が入り込んだここ見沼一帯は、やがて海が後退し沼地となった。 その沼では氷川女体神社により「御船祭」が行われていた。 その後、将軍徳川家康公が灌漑用水確保のために見沼一帯を溜井とし、 附島と木曾呂に八丁堤を築き、水を塞き止めので、広大な沼に成り、 川口、蕨、戸田の田畑をも潤した。 そこで数々の竜神伝説が生まれたのである。 江戸は発展し、世界一の大都市になり、米が不足するようになり、 八代将軍吉宗は見沼干拓を命じ、紀州の井沢為永を呼び寄せ、大土木工事の責任者にした。 沼を干して田んぼにしようとする井沢為永、沼を干されて困る竜神と村人達。 工事に絡む竜神伝説も、また数々生まれたのである。 氷川女体神社の「御船祭」の行事は、干拓の後「祇園磐船竜神祭」となって執り行われ、 伝統は700年とも1000年とも言われているようだ。 氷川女体神社の神官は代々女性が勤めることとなっていると言う。 儀式は、祭主による四方拝、祝詞奉呈、稚児舞・巫女舞の奉納、見沼太鼓の奉納と祭礼は続く。 今年は特別に、見沼から江戸にと、見沼通船堀を行き来した舟の、 船頭が唄った「見沼舟歌」が披露された。 |
散策・さいたま浦和
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