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さいたま・大宮 08 大宮宿から中仙道を北に歩く 埼玉ふるさと散歩・さいたま市のガイドブックを頼りに,大宮宿から中山道を北に歩いてみた。
中山道の氷川神社裏参道入り口にある、大正6年(1917)に建てられた石標は、 いかめしく「官幣大社氷川神社」とある。 享保7年(1723)に建てられた「武蔵国一宮 是より宮二町 □大門□居へ□」の石標、 「空蝉や 沙羅双樹の 花のいろ」 芭蕉の句碑が、裏参道の鳥居と共に、緑地にある 中山道と東北本線・東武鉄道野田線の立体交差は昭和42年(1967)に完成し、 開かずの踏み切りは解消した。 そこをくぐり抜け、しばらく行くと東大成町交差点。 角のココス駐車場入り口に安政7年(1860)の道標があり、 道標には、「大山 御嶽山 よの 引又 かわ越道」と彫られ、 中山道から西の分かれ道の存在と、行き先を示している。 かつてはレストランと魚屋の間に古道があり、与野の町に続いていた。 大山は神奈川県伊勢原市の阿夫利神社、御嶽は東京都青梅市の御嶽山への信仰の道を示していた。 大山参りは、この辺の男子15−20歳の一人前とみなされる成人参拝。 与野・引又(志木市)・川越は当時の商業・交易の中心地で、此処大成地区から市が立つ日に、 長芋・麦・米を売りに出かけ、賑ったという。 旧中山道の東側一本目の平行した道に、祠があり八百姫大明神が祀られている。 この道は東大成町と植竹町の境で、「古い中山道」と考えられる。 写真の道が古道?? そして旧中山道・保健センター交差点北側ロッテリア前の歩道に、 天保3年(1832)造立「原市 せいぶ きさい」と記された、 原市や菖蒲・騎西への道しるべとなっている馬頭観音供養塔。 安永6年(1777)造立「大宮 上尾」「是より東より右原市道」と彫られた三界萬霊塔。 江戸時代商業地として栄えた原市(上尾市原市)への分岐点があったことを伝えている。 古道は住宅密集地になっていて、道筋の探索は不可能で、原市までは約4km。 昭和10年(1935)頃まで、陸軍・麻布3連隊兵士が、現在の原市団地付近での 秋の野外演習に、古道を利用したと伝えられる。 写真は旧中山道の歩道で、コカコーラ自動販売機はロッテリア店、 その手前の駐車場入り口の石が三界萬霊塔、右の電信柱の脇に馬頭観音供養塔。 ほとんど目に付かないし、関心を持たれていないから、恐らく後、数年で車にぶつけられ、 邪魔だと取り払われる運命にあるような予感がする。 古道の「道しるべ」となっていた時から、すでに250年近く此処に存在していたが、 貴重な歴史的遺産が消滅してしまう。!! 商店と民家が混在する中山道、新幹線ガード手前に、元禄10年(1697)の庚申塔がある。 青面金剛像・二鶏・三猿が陽刻され、「耳の神さん」「目に神さん」と信仰されている。 庚申講は戦争で中断されたが、近年春3月、秋の収穫後に行われ、 昔からの伝統を受け継いでいるという。 |
散策・さいたま大宮
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旧中山道は 佇まいが好きで バイパスの方が すいているけれど
わざわざ 通ったりしています
でも 祠とか 供養塔が あるのですね
気をつけて 走るように 心がけたいと 思いますヽ(・ω<*)
ポチッ
2009/5/14(木) 午後 8:24
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2010/2/17(水) 午後 7:27 [ 99999 ]