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江戸東京・都心 08 日比谷公園は野外博物館 その6 市政会館・日比谷公会堂 東京都選定歴史的建造物に指定されている。 東京市長・後藤新平が、中立な市制のための調査機関の必要性を訴え、 財閥・安田善次郎が共鳴して破格巨費の350万円の寄付を得て、 市政調査会(市政会館)と併設の公会堂を計画し、 建物を指名設計競争で1等となった佐藤功一の設計により、昭和4年(1929)竣工した。 市政会館内には財団法人・東京市政調査会がある。 公会堂は、コンサートホールとして プロフェショナル・オーケストラ演奏会、講演会、クラシック音楽などのイベントが開かれたが、 東京文化会館を皮切りに、後続の多目的ホールの開館に地位を明け渡し、 クラシック音楽の演奏は開催されなくなった。 (出典Wikipedia) 戦後は唯一、外国からの著名な演奏家の公演が開かれる場所として、 ファンの心を揺さぶり続けた場所であった。 また、昭和35年(1960)10月、この公会堂で自由民主党・池田勇人首相総裁、 社会党・浅沼稲次郎委員長、民主社会党・西尾末広委員長の3党首立会演説会が NHKテレビ放映で開かれ、演説中の浅沼委員長の暗殺事件はここの出来事であった。 日比谷図書館 日比谷図書館は現在休館中。 建物敷地が正三角形をしているユニークな図書館は、 明治41年(1908)東京市立日比谷図書館として開館し、 東京市立図書館の中心的機能を果たしていた。 昭和20年(1945)に空襲で、貴重な蔵書20余万冊が全焼し、 戦後まもなく仮施設で再建され、現在の施設は1957年に落成した。 現在千代田区に移管が決定され準備中。 (出典Wikipedia) 鶴の噴水 この雲形池のある日本庭園は、日比谷見附跡の心字池のある日本庭園とは趣きが違います。 こちらは当時としては噴水を取り入れた、やや洋風を意識した日本庭園のようです。 正に大空に飛び立とうとする鶴の躍動感溢れる作品。 鶴の噴水は明治38年(1890)頃、 東京美術学校(現在の東京芸大)津田信夫、岡崎雪声両氏に依頼して製作したもので、 公園等の装飾用噴水としては、日本で3番目に古いものである。 (1番目は長崎諏訪神社、2番目は大阪箕面公園) 当初は、鶴と台座とも銅製であったが戦時中の金属回収で台座が石造りとなったものの、 水面に薄氷が張り鶴の像にツララが下がる景色は、当公園の冬の風物詩となっているとのこと。 (掲示板より) こんなところにも戦争の影を残していたとは知らなかった。 この池のほとりの藤棚は、花咲く季節は圧巻・見事だと言う。 かもめの噴水 西幸門前交差点口にある淀井敏夫の作品 郷土の森 かもめの噴水を囲むように、各県から寄贈された「県の木」が植えられていた。 まだ若木である。 いつかは大木になって、ますます緑を潤すのであろう。 原爆症認定集団訴訟の人々 西幸門前交差点口の向こう側は厚生労働省と人事院がある5号館別館である。 厚生労働省に向けて、原爆症認定集団訴訟の人々が、座り込みして訴えていた。 時々哀愁をこめたトランペットで、鎮魂のメロディーが吹かれる。 原爆症で亡くなった人々に対する鎮魂の響きである。 原爆症で義弟を亡くしているので、何とも言えず心にしみる響きであった。 |
散策・江戸東京・都心
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初めまして!
遊びに来ました!
これからヨロシクお願いしま〜す<m(__)m>
2009/6/28(日) 午前 11:59 [ oo_bag_year ]
歩いてみるといろいろな素敵な建物や噴水などの発見がありますね〜
原爆訴訟、やっぱり人事ではないですよね。
自分の立場にたったらやっぱり支持したくなります。
2009/6/28(日) 午後 3:58
oo bag yearさん! ご覧頂き有難うございます。
このようなブログですが、時々ご覧ください。
2009/6/28(日) 午後 10:35 [ なおじぃ ]
minikoさん!! 何時もご覧いて頂き、メッセージまで残して頂き有難うございます。 日比谷公園につき自分でも、こんなに写真があったかと驚いています。 ネタが無かったので、少し引き伸ばし過ぎたようです。 でも面白い、気のつかなかったことが沢山ありました。 犬も歩けば式です!! これからもヨロシク
2009/6/28(日) 午後 10:45 [ なおじぃ ]