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さいたま・大宮 31 子宝のシイの大木がある天沼大日堂と天沼神社 天沼大日堂と天沼神社は隣接し、自治医科大学付属大宮医療センターが 見沼代用水西縁を挟んで隣接する、さいたま市大宮区天沼町1丁目にある。 天沼大日堂の板石塔婆 大日堂は鎌倉時代の創建と伝えられ、戦国期から近世にかけてしばしば焼失し、 荒廃したものを、江戸時代に村の有力者が再建したと伝えられる。 鎌倉時代後期・建治2年(1276)の年号が刻まれた、高さ2.07mの板石塔婆は、 市内でも古く、高さは最も大きい。 板石塔婆は供養のために建てられた卒塔婆の一種で、墓標の意味も含め建立された。 当時これ程の板石塔婆を建立できる力を持てたのは、有力な武士層に限られので、 中世の天沼周辺は有力者が住む、開けた地域であったと推測できる。 上部に阿弥陀如来を表す梵印、良質の石材、板石塔婆建立初期の風格溢れる、 優れた歴史資料として、さいたま市指定文化財に指定されている。 そのほかに嘉元4年(1306)から明応9年(1500)に至る板石塔婆も残されている。 子宝のシイ 見沼代用水に迫出すように聳えている、樹高14.5m、目通り(幹廻り)3.7m、 枝張り7−8mのシイノキは、見沼の斜面林の一本であったが、 周囲の木が減少し目立つようになり、やがてそこに伝説が生まれた。 それは住職が入寺したとき、シイノキの下で苦しむ地蔵尊の夢を見、 根元を掘り起こしたところ、顔と手の無い地蔵尊が出たので、住職は丁寧に修復し 木の下に安置した。 現在、樹下に祀られる地蔵尊で、安産のご利益があると、参詣者も多く、 別名「子宝のシイ」(写真掲載の地蔵尊とシイノキの根元)と呼ばれ親しまれ、 線香が手向けられている。 本堂右に享保14年(1730)奉納の石地蔵尊。 青空に聳えるシイノキ、墓地向こうは見沼代用水を挟んで、自治医大・大宮医療センター建物。 天沼神社 大日堂の西隣に、かつて村の鎮守様であった天沼神社がある。 百日咳に霊験があるといわれ、治るとしゃもじを納めたところから、 「おしゃもじ様」と呼ばれるようになった。 「おしゃもじ様」に納められた、何本かの「しゃもじ」 何で「しゃもじが」こんなところに???と思って調べたら!!! 境内は子供の遊び場になっていて、天沼集会所が建設されている。 見事な赤松の大木のある屋敷 近くの屋敷に立派な赤松の木が聳えていました。 ここまで手入れをするには、大変であったと思いますが、やはり自慢の立ち木。 盆栽村の象徴ともいえますネ。 |
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