なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

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   埼玉・川口 30 川口市芝の禅寺・長徳寺

   臨済宗・大智山・長徳禅寺は、川口市芝の東京外郭環状自動車道と産業道路・川口上尾線との
   交差点にある、川口市芝支所及び川口市立芝中学校の裏手の、芝の独立丘陵地にある。

   鎌倉・建長寺の末寺、臨済宗幻住派に属し、寺伝によれば、
   創建は南北朝時代・貞治3年(1364)足利基氏の祈願所として僧秀田によって
   開基されたといわれ、近在では最大の伽藍を誇る古刹である。
   天正10年(1582)、この寺中興の祖とされる龍派禅珠のとき大いに栄え、
   天正18年には徳川家康より寺領40石を与えられ、将軍家代々の保護を受け、
   鎌倉・建長寺の4大柱の一寺院として大いに栄えた。


   臨済宗・大智山・長徳禅寺 山門
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   長徳寺 大玄関
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   長徳寺 山門から直進して中門(通常は締め切り門)へ、そして大玄関へ。
   中門脇から左側に大玄関、通用口を望む。   右は中門。 奥の建物は「浮憧殿」
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   長徳寺の中門と築地塀に囲まれた境内の内側。
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   大玄関左手の伽藍「寒松宝殿」
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   伽藍「金剛窟殿」
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   「金剛窟殿」と「寒松宝殿」の間に見える三重の塔。
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   「金剛窟殿」と「寒松宝殿」の間を抜けて、山門と円通殿そして墓地へ。
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   山門から、左「寒松宝殿」「大玄関」、右「金剛窟殿」
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   山門から、三重の塔を望む。 右「寒松宝殿」
   山門には、阿吽の仁王像2体と大提灯。
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   正面に山門、左手に円通殿
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   正面は円通殿、左手に山門
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   右より円通殿、左に山門、更に左に金剛窟殿屋根、左側に寒松宝殿。
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   長徳寺は慶長年間に2度の火災に遭ったが、再建を助けたのが当時芝村の代官であった
   熊沢忠勝であったという。
   その代官熊沢家の墓所が、墓地の中心にある。

   熊沢三郎左衛門忠勝は、岩槻に生まれ芝村の代官であった。  
   長徳寺の東隣に住み、住持の龍派禅珠との親交が厚く、
   慶長、元和の長徳寺再建、円通殿観音堂の建立、梵鐘寄進、鶴が丸八幡神社の創建など、
   多くの功を成したと伝えられ、
   また房州里見家改易に際し旧里見領村々の宰官業務もたずさわった。

   一方、元和9年(1623)に娘が江戸キリシタン殉教事件に連座し、
   龍派禅珠の奔走により助命されたが、劇的な事件に遭遇したが、
   正保元年(1644)に没した。

   熊沢家は忠勝の後、彦兵衛忠徳、武兵衛良泰と代官を務めるが、
   良泰の元禄2年(1689)のとき、罪され逼塞させられた。

   墓所は忠勝から良泰までの家族の墓となっているが、忠勝の先妻キリシタン娘の母親の墓はなく、
   忠勝の幕府へのはばかりであろう。

   円通殿観音堂には、忠勝が寄進した三十六歌仙絵扁額があり、寛永元年の墨書銘があるが、
   キリシタン殉教事件で処刑された娘婿・権七と子・彦四郎の供養に奉納されたといわれている。


   熊沢家の墓所
   熊沢家の墓所は円通殿の裏手の、一等地にある。
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     寺宝「寒松日記」「寒松稿」

   龍派禅珠(号を寒松)は幼少の頃から円覚寺の奇文和尚について詩文を習い、
   早くから格調高い文章を書き、学僧としての才能を発揮し、
   「寒松日記」「寒松稿」が寺宝としてあるという。
   寒松日記は、慶長18年から寛永9年(1613−32)までの、キリシタン事件を始め、
   江戸時代初期の重要事件が記されていて、史料価値が高く、
   禅珠が交渉のあった有名人も記され、交際の広さがうかがえる。
   寒松稿は、慶長3年から寛永10年(1601−33)までの、
   将軍から百姓に至るまでの広い層の詩歌、論文、紀行、随想などを綴ったものといわれている。


     長徳寺の獅子頭と神楽面
 
   元禄11年(1698)の墨書された獅子頭2頭と他に獅子頭1頭、
   神楽面10面が保存されている。
   芝の獅子舞は、代官熊沢忠勝が房州(千葉県南部)の鶴ヶ谷八幡を遷宮し、
   鶴ヶ谷八幡神社を建立したのを機に、毎年8月15日奉納されていたことが、
   文書に記されていた。 
   そこには、本寺門前の人々と鶴ヶ谷門前の人々が獅子舞を行なっていたという。


     長徳寺のビャクシン

   ビャクシンはヒノキ科の常緑樹で、和名をイブキといい、雌雄異株で、
   長徳寺のビャクシンは雌木。
   この木は樹形が美しいことから、広く庭園・社寺などに植えられ、
   長徳寺のビャクシンは、中国から渡って来たと伝えられる
   鎌倉・建長寺のビャクシンの実生といわれている。  
   根回り4m、樹高13m、枝張り7.4m四方の巨木。

   長徳寺ビャクシンは「金剛窟殿」の前にある。
   写真の左側がビャクシン、右側は保存樹木のヒノキ、どちらも巨木である。
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   長徳寺の会館
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   長徳寺の鐘楼
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閉じる コメント(2)

立派なお寺ですね〜
珍しいお墓の形があるのですね〜 初めてみましたよ。

2009/10/9(金) 午後 9:33 miniko

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歴史ある佇まいが いいですね(≧∇≦)

2009/10/10(土) 午前 8:12 ねこコーチ

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