なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

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   さいたま・浦和 50 さいたま市南区辻の熊野神社と吉祥院

     焼き米坂  さいたま市浦和区根岸

   浦和宿のはずれにある調神社(つきのみやじんじゃ)から旧中山道を南下し、
   さいたま市立南浦和小学校脇から道は急激に下る。 
   ここが「焼米坂」といわれる坂で、
   江戸時代、ここで旅人に焼き米を売っていたため名付けられたという。 
   「江戸名所図絵」の茶店に「名物新やき米」と書かれた看板が描かれていて、
   旅人はここで腹ごしらえして、坂を登った程の難所だったという。


     辻の一里塚  さいたま市南区辻7丁目

   焼き米坂を下ると六辻交差点で、国道17号線と旧中仙道及び地域生活道路3本が
   交差する六辻、国道17号線に平行裏道となっている旧中山道を進むと、
   東京外環自動車道下に「辻の一里塚の碑」。  
   かつて近くに一里塚と弁財天の祠があったというが、開発で消滅し、
   保存会の協力で碑が建てられた。  
   「浦和橋」付近にあったとされる一里塚から丁度南に一里。
   マア、今も昔もここは交通要衝の地となっている。


     辻の熊野神社  さいたま市南区辻7丁目

   辻の熊野神社は「おくまんさま」といわれ、昔から辻の鎮守様として
   地域の人々から親しまれ敬われてきたという。
   仏教の影響を受けた熊野権現信仰は、神仏習合のかたちで明治まで続き、
   明治初年の神仏分離令、明治39年神社合祀令に、存続の危機にさらされたが、
   村民の強い願いで大正2年荒廃した本殿を改修、復活させたという。
   近年本殿の老朽甚だしく、地域安寧と繁栄を祈り、鎮守様を守り伝え、
   先人の意志を未来につなげるため、多額の浄財の寄付を仰ぎ、改修したとのこと。

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     辻の吉祥院  さいたま市南区辻7丁目

   辻の熊野神社の、旧中仙道を挟んで向こう側近く、横道を入ったところに吉祥院はある。
   入り口右に、六地蔵尊と子育地蔵尊が祀られている。 
   左は江戸時代に、寺を護ったであろう僧侶の宝塔、墓石が並んでいる。 
   正徳2年(1712)、延亨4年(1747)銘が記された宝塔、墓石があった。
   正面に質素な吉祥院の堂宇があり、右側には鐘楼があった。  
   境内のほぼ中央に、大きく高いイチョウの雌木が一本聳え立ち、
   間もなく実る銀杏を抱えていた。

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私 江戸時代の お墓 好きなんです
平林寺の お墓も 素敵だな〜って思います(*´ω`)ノ゙

2009/10/17(土) 午後 9:39 ねこコーチ

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