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埼玉:川口 40 横曽根神社と吉祥院 横曽根神社 横曽根神社は、川口市南町1丁目に鎮座し、宮町横曽根氷川神社と南町八幡宮の2社の 合併のよって設立された。 横曽根氷川神社は千年余り前の創建といわれ、御神像3体は室町期のものと伝えられていて、 横曽根村の総鎮守として明治6年(1874)村社になった。 南町八幡宮は、徳川期前に太田道灌が江戸城西丸築城の折、北方の守護神として祀ったと 伝えられる。 両社とも創立由緒は、度重なる荒川の氾濫で、古記録亡失して詳らかでない。 明治40年()南町八幡宮は無格社ゆえ横曽根氷川神社に合祀となり、 昭和44年宗教法人と成った。 御祭神は素戔鳴尊(すさのうのみこと)・応神天皇・ほか五柱 である。 吉祥院 真言宗智山派・珍珠山多聞院吉祥院は川口市南町2丁目にある。 参道の右に、珍しい五智如来の石塔と、六角柱の石塔の各面にそれぞれ地蔵が浮き彫りに 彫られた六地蔵尊の石塔がある。 多くの寺を巡ったが、このような石塔石仏は観たことが無かった珍しい石塔である。 山門をくぐると、正面に豪壮なコンクリート造りの本堂があり、新築伽藍は風格があり、 伽藍正面に「吉祥院」本堂正面上に「多聞天」の額が掲げられている。 川口七福神の内の毘沙門天が祀られている。 鐘楼の前面には、大日如来石仏と、板碑が並ぶ。 弘安9年(1286)の阿弥陀一尊板碑、 延徳2年(1490)の阿弥陀図像の夜念仏結衆供養板碑、 大永4年(1524)の十三仏庚申待供養板碑と、いずれも貴重な板碑である。 この寺はもと江戸城北方鎮護の寺として開祖された寺院で、 江戸中期在住の僧秀寛が残した「秀寛遺状」に記録されているという由緒ある寺院である。 文化10年(1814)の釣鐘供養塔、天保5年(1835)の弘法大師千年忌供養塔、 慶安4年(1651)に奉納された大きな石灯籠一対などがある。 真言宗智山派・珍珠山多聞院吉祥院の山門
真言宗智山派・珍珠山多聞院吉祥院の豪壮なコンクリート造りの本堂伽藍 吉祥院の境内 吉祥院の鐘楼とその前にある大日如来石仏と、板碑、釣鐘供養塔、弘法大師千年忌供養塔など。 いずれも貴重な板碑 戦没者供養塔 参道入り口の右に在る、珍しい五智如来の石塔と六角柱の六地蔵石塔 |
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今晩は。。。
ランダムから伺いました
今 改めて川口を再発見しました
近場ですので是非行って見たいと思います
素敵な写真ありがとう
2010/2/26(金) 午後 7:01