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東京見物 012 東京の桜名所 03
皇居外苑・田安門と千鳥が淵そして北の丸公園
皇居外苑・田安門
皇居外苑の田安門は、北の丸公園の日本武道館に行く、
玄関口の門と言ったほうが、現在は馴染みが有ると思います
田安門は寛永13年(1636)に建てられ、
現存する江戸城建築遺構のうち最古のもので、
北面する高麗門と、西側に直交する渡櫓門からなる枡形門で、
国指定重要文化財であり、昭和38年解体修理がされている。
高麗門の扉の釣金具に、製作したとされる職人の名文が在ると言う。
名前の由来は、門内の田安台という百姓地に、
田安大明神があったので門の名にしたと言われ、
江戸城造営後北の丸と称し、代官屋敷や、
千姫、春日局などの大奥女性の隠遁所となっていたと言う。
田安門の外側
田安門の内側
田安門の内側 石垣
牛が淵 千鳥が淵
田安門の外側、左側は「牛が淵」右側は「千鳥が淵」の
深い濠が巡らされている。
「牛が淵」「千鳥が淵」の構造は「土塁式石垣」三段構造で、
基礎部分は土台となる大型の根石が据えられ濠の中に、
その上に水面に帯状に見える「腰巻石垣」と言われる石垣、
更にその上に高い土塁が築かれクロマツ・サクラが植えられた「腹巻土塁」、天端部は幅3m位の平坦部があり、
最上部に高さ3m位の「鉢巻石垣」が廻っている。
牛が淵の景観
牛が淵の景観 正面は日本武道館の屋根
牛が淵の景観 土塁式石垣に咲くソメイヨシノ
千鳥が淵の景観
千鳥が淵の景観 千鳥が淵を横切る首都高速道
昼の憩い
北の丸庭園
旧近衛師団司令部庁舎建物(重用文化財)
北白川宮能久親王銅像
北白川宮能久親王は、弘化4年(1847)
伏見宮邦家親王の第9皇子としてご誕生。
輪王寺宮家御相続し、上野寛永寺門蹟に。
明治3年還俗し、勅命によりプロシア留学、
歩兵・砲兵・参謀の兵法を学び、北白川宮家を相続し、
明治17年陸軍少将任じられ歩兵第1旅団長、
明治25年陸軍中将歩兵第6・第4師団長、
28年近衛師団長に親補せられ、
台湾御出征し、疫病に罹り薨去。
陸軍大将に任じられ、国葬を以って、豊島岡陵に御埋葬された。
乾門(いぬいもん)
明治になって建てられた京風の門。
宮殿がある旧西の丸の裏門で、皇居北西、乾(いぬい)の方角にあるので、
その名が付けられ、坂下門の反対側に当たる。
北桔橋門(きたはねばしもん)
本丸大奥に近い門で、外との出入りに使った門。
江戸城本丸防御のため橋を跳ね上げて遮断し、堀も深くなっている。
北桔橋門の両袖には、白い築地塀があり、天守閣の背後の重要性を感じ、
周辺の石垣は、江戸城城壁の中で一番高い(185m位)と言う。
北桔橋門の石垣は、自然石をそのまま積み上げる「野面積み」で、
隙間が多く、見た目は崩れそうだが、地震には最も強いとされている。
美しい屈折箇所は、直線が長くなると強度が落ちるため、
「ひずみ」と言う工法を用いる。
そして「算木積み」工法で、長方形の角石を交互に積み上げ、
扇形のそりをつけ、力を両側の稜線から内側にかけあって、
強度の安定性を高め、しかも美しい形に整えている。
江戸城の石垣としては、一番美しい景観をしていると思う。
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