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秩父観音霊場巡礼旅 第5日 の2
7月19日(金曜)(快晴)
第29番・笹戸山・長泉寺から第28番・石龍山・橋立堂
長泉院を辞し、28番・橋立堂に向かう。
秩父浦山渓谷が、浦山ダムにより堰き止められ、ダム湖は「秩父さくら湖」と命名され、春には湖畔に桜が咲き乱れ、秋は紅葉に彩られる。
長泉院から、この浦山川に架かる「諸上橋」を渡り、対岸を左折し、道なりに進む。
「諸上橋」を渡らずに、ダム壁に行くと、エレベータでダムの上に出られ、ダム湖と 秩父市 内が一望出きるらしいが、これは後で聞いた話。
支流・橋立川と合流する付近は、浦山清流キャンプ場、橋立川キャンプ場があリ、清流のほとりでキャンプが楽しめるとのこと。
本来此処で右折すれば直ぐに橋立堂に行かれた様だが、「元禄・道しるべ石」を見落としたので、秩父鉄道 ・浦山口駅 線路ガード下に出てしまった。 車の標識が大きく目に付くので、多分徒歩の標石を見落とした結果だろう。
手前に橋立浄水所があり、伏流水が流れ落ち、実にうまい水が飲めた。
橋立浄水場には、幾つものポリ缶持参で、水を汲みに来る自家用車が、次々に来る。
道を間違えた様に思えたので、地元の人と思い道を聞くと、東京から来たので、地理は判らないと言われた。 此処は可也、知名度が高いのだ?
浄水所の隣に「不動尊堂」があり「不動名水」が湧き出している。
碑の記載から「不動名水」は、武甲山塊の地中深く流れる水は、此処に湧出して、清流となり、古くより住民の生活を潤し、旅人の渇きを癒し、多大の恩恵を与え続けてきた。 この水は日照りでも涸れる事なく、長雨にも濁る事ないという。 しかし過去の大地震の前には、必ず白濁したと言い伝えられているという。 そこで社を建て、不動明王を祀って鎮守したという。
遍路道脇に芭蕉の句碑・諸の翁塚 「草臥れて 宿か留比や 藤の花」 と刻まれている。
結局、車用の標識に頼るほか無い。
線路ガード下を潜ると、左に秩父鉄道 ・浦山口駅 、更に行くと、国道140号線に出た。 国道を標識に従い、ただひたすらに歩く。 舗装道路の照り返しで、汗が流れる。
「札所28番橋立堂」「橋立鍾乳洞」の標識が示す道にはいり、しばらく行くと住宅があり、近くのヘンスに「熊出没注意」の黄色の看板。こんな開けた所にも、出没したのかと、ダム開発で棲みかを失った、熊たちの逆襲か??
ダム湖のほとりに向かう道路橋の下をくぐると、橋立堂が見えてくる。
28番・橋立堂に到着。
橋立堂は高さ80mある、直立した石灰岩の岩壁下に建てられた、3間4面方形屋根・朱塗りで、江戸中期に建てられたお堂である。
本尊は馬頭観世音坐像で、鎌倉時代の作で、市指定文化財。
誰もいない、本堂で「写経」を奉納し、「般若心経」を唱え、次男の冥福と遍路旅の無事を祈願し、納経帳に御朱印を頂く。
「大分、遠回りをしましたね」朱印帳に記入しながら、住職は話す。
橋立堂の奥の院、「橋立鍾乳洞」は、「ダム湖(秩父さくら湖)」と共に、人気の観光地になっている。 2・3の人々が鍾乳洞を、訪れる声がしていたようだが、皆、車で巡っている。
時間が無いので、奥の院「鍾乳洞」は、参詣せずに、次を目指す。
タイムテーブル
29番・長泉院(14時14分)―橋立浄水所・不動尊・不動名水(14時41分)―浦山口駅(14時43分)―28番・橋立堂(15時19分−44分)
第28番・石龍山・橋立堂から第27番・龍河山・大淵寺
橋立堂を辞し、27番・大淵寺に向かう。
しばらく行き振りかえると、橋立堂がある山が、岩肌を露出して聳え立つ。
市立浦山歴史民俗資料館を過ぎたところで、ハイキングコースに入り、秩父鉄道を越え、「元禄・道しるべ石」に従って歩く。
27番・大淵寺に到着
山門入り口脇に埼玉県指定旧跡「影森用水」の案内板がある。
影森用水は安政4年(1857)当時上影森村名主・開田宗太郎が、82戸の村に井戸が2ヶ所しかなく、飲料水、その他に困っていたので、私財をもって、三輪谷から用水路を通し、飲料水、田畑に給水した。 その後更に疎水、新田開墾を進め、功績により、忍藩より苗字帯刀を許された。
大淵寺は明治、大正と二度の大火で堂宇総て焼失。 仮堂再建されたが、平成7年、3間4面宝形屋根の観音堂が再建された。
その昔、行脚僧・宝明が、諸国を巡り、この地に霊験の多いのにうたれ、7年過ごしたが、足の病となり、念誦するに、弘法大師子の地に至り、一体の観音を刻み与えた。
宝明は、独り拝すは勿体ないと、里人に伝え堂を建て本尊を祀ったという縁起が有るという。
「写経」を奉納、「般若心経」を唱え、次男の冥福と遍路旅の無事を祈願し、納経帳に御朱印を頂く。
タイムテーブル
28番・橋立堂(15時44分)―浦山歴史民俗資料館(15時55分)―27番・大淵寺(16時09分−25分)
27番・龍河山・大淵寺から第26番・萬松山・円融寺
大淵寺を辞し、
26番・円融寺に向かう。
この円融寺には、江戸中期
狩野派絵師・鳥山石燕
(1712-88)の歌舞伎の
名場面「景清のろう破り」(檜板3枚分大)があり、
雲上から見守る白衣観音を
描いている。
牢格子や観音の光明に鉄材を
用いて立体感を出す工夫など、工芸的な要素を持つ絵画で、県指定の文化財。 鎌倉時代に建立された「岩井堂」は、周囲を
急峻な地形の岩壁に、正面谷間に向け、舞台つくり3間4面方形造り、
欄干をめぐらすお堂で、弘法大師37日の秘法を修めたという護摩壇、
仏国禅師の座禅石などがある。
「写経」奉納、「般若心経」を唱え、次男の冥福と遍路旅の無事を祈る。
武甲山が晴れ渡る青空に、
くっきり岩肌を曝して
聳え立つ。 円融寺で郵便局の所在を聞き、円融寺を辞し、急いで影森郵便局に向かう。
途中で判らなくなったが、聞く人も、聞く所も無い。 やっと探して影森郵便局に到着した。
が、すでに窓口への自動ドアーは閉まっている。 今日は金曜、土日は局が休み、二度と来ることが無いと思い、ドアのガラス越しに対応した局員に、粘りに粘ったが、ついに聞き入れて貰えなかった。 時間外であることは充分承知の上、聞き入れて貰えないのが当然であることは判っている。 が、今まで、遍路装束・歩き遍路旅での風景印獲得ということで、秩父の各郵便局では親切にされ、「行く先々の郵便局で、色々便宜を計って貰いなさい」、「隣の郵便局に、今から行くと時間外になるので、行くなら電話をしておきます」、などなどと言われた事を、取得した風景印を見せながら、歩き遍路旅は土地勘もなく、予定通りの時間で行動できないと、粘りに粘って話したが、所詮自動ドアーの外からのガラス越しの会話、だめだった。
時間に間に合わなかったので仕方ない。 明日は土曜で休局だから、この郵便局には、二度と来ることは無いなと、駅に引き返し、秩父鉄道 ・影森駅 発17時17分発、武州日野駅17時39分着で、宿に帰った。
風呂に入って、疲れを癒す。 今日の暑さで、食欲が無い。
ビールを注文、ビン詰1本が食卓にある。
独酌でコップ1杯飲み干す!! 美味い!! が、二杯目は苦い!
大半を残し、食事の箸を付けるが、あまり咽喉を通らない!
熱中症!! まさか?? 別室の寝床に横になる。
病に倒れる前に、一旦帰宅し、体力回復させて、再び挑戦することが大事と悟る。
食事の片付けに来た女将に、体調不良のようなので、明日帰宅することを告げる。
明日宿泊する越後屋にも、電話で予約を取り消した。
タイムテーブル
27番・大淵寺(16時25分)―26番・円融寺(16時42分−55分)
今日の御朱印
第30番 瑞龍山法雲寺 第29番 笹戸山 長泉院
第28番 石龍山 橋立堂 第27番 龍河山 大淵寺
第26番 萬松山 円融寺
今日の郵便風景印
上田野郵便局
埼玉県秩父市荒川上田野1454−9 〒369-1802
意匠:清雲寺しだれ桜の花びらを外枠ちし、そばの里とカタクリを描く
切手:ふるさとの花シリーズ 第2集
使用:平.12.10.18
今日の万歩計
31,031歩
21.10km (参考距離)
(山道歩行の為、正確な距離では有りません)
今日の会計
納経料 ¥1,500 (5ヶ寺)
昼食・飲料水 ¥830 (豆腐・ペットボトル4本)
交通費 ¥230 (影森―武州日野)
本日会計 ¥2,560
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秩父34観音霊場巡礼旅
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