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秩父観音霊場巡礼旅 第6日 の2
7月20日(土曜)(晴れ)
第32番・般若山・法性寺から第33番・延命山・菊水寺
法性寺を辞し、33番・菊水寺に向かう。
札所の、残り数を一つでも、減らしておこう。 出発の時は、今日の体調を心配したが、歩き出したら、何とか収まって、自信が深まった。
来た道を長若交差点まで戻る。
長若交差点を直進し、芽株稲荷神社があった。 「芽株」という地名で、更に歩く。
しかし、その先は、行けども広々した田畑が広がるだけで、標識や看板が無くなり、地図上の位置の確認が、心もとない様な感じになった。 しかし聞くところとて無い。
地図上での照合点も、定かでない。 頭が朦朧とした炎天下、木陰も無く、落ち着いて地図を見比べるところも無い。 間違ったら戻ればよいと、覚悟を決めたが、何とも心許なかった。
幸い、遠くの部落からの、横道があり、自転車を転がして、こちらに来る人がいる。 「待とう!!」 と待つことにした。
「道を、お聞きしたいが」「ああ、丁度そちらの方角に帰るところだから、一緒に行きましょう!」
「毎日、出掛けると少なくとも5・6kmは歩く。 こんな坂は自転車を押すより仕様が無い。 気にしないで下さい」 親切に同行してくれる。
暫く振りの会話である。 聞けば、絵描きさん。
「毎日、題材探しですか? 秩父は絵になる材料は、幾らも有るでしょうから?」「いや、どちらかと言うと、ピカソ張り」「それでは、どんなときにインスピレーションが湧くのです?」 話に夢中になって、赤平橋を通過する。 赤平川の写真を撮るのを忘れてしまった。
「今朝、31番・観音院に行かず、32番・法性寺に行き、これから33番・菊水寺に行く所です。」「秩父遍路はしたことが無いが、感覚からすると、今日は31番・観音院ではないですか?」「31番は時間的に間に合わないので、一つでも減らす意味で行くのです。宿は小鹿野です」「私は小鹿野に帰るところですから」
「祭り」で、子供たちが
引く屋台が、部落を戸別
に廻っているようだ。
「秩父は祭りが多いから、何時もお祭りですよ」と。
同行のお礼を述べて、泉田交差点で分かれた。
泉田交差点は交通量が多い。
二十三夜堂・泉田会館を過ぎたところを、右折して歩く。 田畑が広がる、車も人もほとんど通らない一本道を歩くと、右に「ようばけ・おがの化石館」があり、さらに左に「妙見宮」がある。
「ようばけ」は赤平川岸にある高さ100m
幅400mの崖は、1500万年前の新生代第3紀、比較的に浅い海に泥が堆積して形成された地層が、露出した地質。 昭和52年自然環境保全地区に指定。
語源は「陽」にあたる「ハケ(崖)」。
赤平川に架かる奈倉橋、橋の袂に小さな「八幡沢の滝」がある。
その先に「地底地滑り跡」の案内板。
秩父は2500万年前は海だった、その海底の砂、泥が固まっていない軟らか地層が、地震などのショックで斜面を流れ、その跡と言う。
33番・菊水寺にたどり着く。
長享の番付では、17番菊水寺小坂下とある。
永禄12年(1569)の信玄攻めで観音堂が焼かれ、本尊は長福庵に難を免れた。
文禄元年(1592)清泉寺六世長山賢道禅師により長福寺が建立され、聖観世音が本尊とされた。
現在の本堂は、文政3年(1820)の上棟で、構造上の工夫がなされているという。
芭蕉句碑「寒菊や 粉糠のかかる 臼の端」の句が刻まれている。 県内最古の句碑といわれ、風化がひどくすすんでいて、文字判読が難しい。 境内には同じ句を刻んだ碑が2つあるという。
埼玉県指定文化財・聖観音像」
秩父市 指定史跡・「芭蕉句碑」、
「写経」を奉納し、「般若心経」を唱え、次男の冥福と遍路旅の無事を祈る。
タイムテーブル
32番・法性寺(13時27分)―長若交差点(13時57分)―芽株稲荷神社(14時38分)―(14時51分)―泉田交差点(15時14分)―ようばけ・おがの化石館(15時22分)―妙見宮(15時26分)―奈倉橋・八幡沢の滝(15時29分)―地底地滑り跡(15時35分)―33番・菊水寺(15時44分−16時14分)
第33番・延命山・菊水寺から 小鹿野町
菊水寺を辞し、 小鹿野町 に向かう。
来た道を引き返し、泉田交差点から、 小鹿野町 へと歩く。
小鹿神社があり、紫陽花神社で知られている。 参道入り口に、
安積良斎の小鹿野碑がある。
日本武尊がこの地を訪れた伝記を記した碑を建てる時、江戸・昌平黄の教官・安積良斎(1791−1860)に選文を依頼し、安政6年(1859)に建てられた石碑である。
「日本武尊神詠:つくばねを はるかへだてて やふかみし つまこひかぬる をしかののはら」と刻まれている。
小鹿神社・史跡小鹿野碑
下小鹿野地内に50基ほどの古墳があり、日本武尊の伝説を顕彰する聖地で、昭和29年秩父宮御染筆「小鹿野碑」が建てられ庭園として整備され、
その折、古墳時代の直刀が出土した。
小鹿野町史跡・高札場
江戸時代、上意下達の方法として、村々の中央の代官、名主の屋敷前に高札場が設けられた。
この高札場は江戸末期の建造と推定され、平成7年復元修理され、稲荷神社の境内にある。
鳳林寺、木魂神社、三嶋神社を通り、 小鹿野町 役場、小鹿野郵便局。
町に入り宿の場所を尋ねようとしたが、尋ねるところが無い。
そこに小鹿野警察署があり、場所を尋ねると、町の詳しい地図を渡され、
此処と指差し、「囲碁の関係ですか」と尋ねられた。
越後屋旅館は、囲碁・将棋愛好者の集
まりで、知られていると言う。
歴史的町並みが、風情ある景観!!
越後屋旅館に到着
着いたとき、客で賑わっていたようだが、宿泊者は私一人のようであった。
古くからの小鹿野温泉・高嶺の湯、広めの湯船にゆったりとつかり、
旅の疲れを癒した。
タイムテーブル
33番・菊水寺(16時14分)―奈倉橋(16時40分)―泉田交差点(16時55分)―安積良斉の小鹿野碑(17時05分)―高札場(17時14分)―鳳林寺(17時15分)―三嶋神社(17時29分)― 小鹿野町 役場(17時43分)―越後屋旅館(17時51分)
今日の御朱印
第32番 般若山法性寺 第33番 延命山 菊水寺
今日の万歩計
32,427歩
22.05km (参考距離)
(山道歩行の為、正確な距離では有りません)
今日の会計
納経料 ¥600 (2ヶ寺)
宿泊費 ¥15,330 (民宿山宝・2泊朝夕2食付)
飲料水 ¥600 (ペットボトル2本)
雑費 ¥700 (荷物返送料)
本日会計 ¥17,230
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秩父34観音霊場巡礼旅
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