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「坂東三十三観音霊場」
米寿老人の日帰り遍路ひとり旅 第1日の1
平成29年7月15日(土曜日)(晴れ)
巡礼旅の始まり
JR京浜東北線・ 蕨 駅 7.50―赤羽駅 7.58 ¥1250
JR湘南新宿ライン線・赤羽駅 8.04―戸塚駅 9.07
JR横須賀線・ 戸塚駅 9.18−鎌倉駅 9.30
鎌倉駅
遍路旅の 始まりの鎌倉駅。
天候に恵まれ、夏の日差しが、 まぶしいが、すがすがしい
鎌倉に来たからには、 先ずは 鶴ヶ岡八幡宮 に参詣し、今日までの長寿と健康に感謝申し上げ、併せて 遍路旅の無事の達成を祈願する。
鎌倉八幡宮 参詣 滞在時間 9.55−10.20
鎌倉駅から東に30m程隔てたところを、南北に、海岸から一直線の参道があり、これが若宮大路である。
鶴岡八幡宮は1063年、源頼義により創建された。「前9年の役」の戦いに、頼義は石清水八幡宮に勝利祈願し,勝利を収めて、鎌倉に凱旋した際由比ガ浜に石清水八幡宮の分社を建立した。
鎌倉幕府(1180)を開いた源頼朝により、現在地に神社が移され、鶴岡八幡宮は源氏の氏神として信奉され、鎌倉武士の守護神となったと言う。
鎌倉幕府滅亡後も武門の神として、足利氏、後北条氏、豊臣氏、徳川氏からも信仰された。 上杉謙信は家督相続に鶴岡八幡宮の拝賀式を行ったと言う。 徳川幕府の手厚い保護のもと,大規模な社殿が建設された。
源平の合戦で数々の武勲を立てたヒーロー・ 源義経の側室・静御前は舞の名手であった。 義経の兄・源頼朝の妻・北条政子が、静御前の舞が見たいと言ったので、義経が静御前に、舞を舞うよう命じたところ、頼朝と対立していた義経を慕う歌を詠んで舞ったため、頼朝は激怒した。
この時、頼朝の妻・北条政子が 「私が同じ立場なら、同じ歌を詠んだであろう」 となだめたので、 「女の道はかくあるべきか」 と感心し、褒美まで与えたという。
この逸話が鶴岡八幡宮石段前で、上の写真にある、現在の舞殿の場所だという。
午前10時、本殿の太鼓の音が、響き渡ると下の斎館 より木靴を響かせて、宮司御一行が列をなして、石段を登り来たりて、これより本殿にて、御勤めの行事が,執り行われる模様である。
先ほど、斎館の前に並んでいたのは、この為かと、理解した。
鶴岡八幡宮の前のバス通りを東に1kmばかり歩くと、目的の「坂東1番札所杉本寺」がある。
徒歩 1.2km 時間10.20−10.40
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