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「坂東三十三観音霊場」
米寿老人の日帰り遍路ひとり旅 第2日の1
平成29年7月16日(日曜日)(晴れ)
JR京浜東北線・ 蕨 駅 8.09―赤羽駅 8.18 ¥310
JR埼京線・ 赤羽駅 8.26―新宿駅 8.43
小田急線・ 急行 新宿駅 9.01−新松田駅 10.24 ¥830
小田急線・ 普通 新松田駅10.31−足柄駅 10.42
昨日の疲れが、ひどく残っていると思いきや、今朝の目覚めは爽快であった。
良し、この分では今日も予定をこなせるナ。
今日の予定は、昨日より大分楽だから、 頑張って行こう。
何だ、この意気込みは?
自分でも解らないが、心の中でニターとしている。
要は心の持ちようだナー。
最近あまりないことだ!!
小田急線に乗り、足柄駅に到着。
頭に描く地図を頼りに歩きだす。
何か変だ? 地図を出して調べる。
駅からあまり遠くないと思っていたのだが?
井細田八幡神社 があった。
社前には
「井細田・八幡神社 小田原市扇町領座
祭神 誉田別命
天正年間、名主・星野治郎右衛門の勧進により,井細田の鎮守として村民の信仰厚く明治6年足柄県の村社に指定され、大正4年神饌幣供進社に指定され,昭和50年小田原市保存樹林に指定された。」
滞在時間 11.00−11.05
立派な鎮守様、最近都会では、鎮守の森が消滅しつつある。
現地では、勝手が違う。 一端思い込んだ 「頭の中の地図」は、なかなか消えない。
駅より近いと思い込んで、 巡り巡った末、洋服の「コナカ」があった。
店員さんに飯泉観音を尋ねると、「この道を真直ぐ行くと、川が
あり、橋を渡って、左折した先にある」 との事。 礼を述べ、進む。
大分錯誤していたが、未だ「頭の中の地図」は、飯泉観音は「さしたる川の畔付近」 にあると思いきや、その川は何と 「1級河川・で酒匂川」 、架かる橋が 「飯泉橋」。
事前検索が不確実であったため、時間・距離を大きくロスしたことを、思い知らされた。
都会であったので、聞くこともできたが、これが山の中だったらと、今後の遍路旅の、事前調査の 「重要性の警鐘」 と、大いに反省する。
徒歩約2kmの距離を、倍近く歩いたようだ。
第5番 飯泉山勝福寺 (飯泉観音)
納経帳御朱印 ¥300 他 滞在時間11.37−12.17
勝福寺の縁起によれば、日本に戒律を伝えた唐の高僧・鑑真和上が、招來した十一面観音像を孝謙天皇に献上し、道鏡に下賜された。 道鏡が下野の国薬師寺戒壇院を再興するため東に下ったとき、足柄の里で観音像が急に重くなり、仕方なく一宇を建て祀ったのが、勝福寺の開創とい
う。
仁王門は宝暦8年(1758)に造営されたもので、8脚門としては県下最大級で、格調高い門である。
昭和34―38年に解体修理がなされ、茅葺屋根から銅板葺きになったが、原形を良く留めているとの事。
曽我兄弟の仇討に怪力を授けたと言う、仁王が睨みを効かせている。
梵鐘は青銅製の和鐘で江戸時代初期の寛永6年(1629)作で、地元小田原の鋳物師青木源右衛門の作。 小田原の鋳物業は、戦国時代北条氏の保護を受け、関東の中心であり、名工が多く生まれたという。
宝永元年(1704)作の、船尾に十一面観音菩薩坐像の来迎佛を乗せた、竜頭船形水鉢は、観音の極楽浄土への来迎を映した作品である。
全長 270㎝ 巾 55cm 高さ 82cm 青銅
勝福寺の大イチョウは見事である。 堂々たる巨木である。
かつて乳イチョウと呼んで、乳の出ない婦人が願をかけたという。
樹高30m 周囲7,5m 樹齢700年推定 珍しい乳房状の樹根が、樹幹からも、枝からも、多数垂れ下がっている老木であるが、樹勢は衰えていない。
勝福寺山門前より小田原・新松田間を神奈川中央交通の路線バスが、30分間隔で運行していた。 資料収集の不備、足柄駅から歩かずに済んだのだ。
勝福寺を辞して、バスで小田原に向かう。
富士急行バス・ 飯泉観音12.19−小田原駅 13.05 ¥250
(小田原駅―新松田駅間 朝夕 30分 日中 1時間間隔)
小田急線・ 急行 小田原駅13.23−秦野駅 13.43 ¥310
神奈川中央交通バス・ 秦野駅13.52−金目駅 14.18 ¥310
(秦野駅―平塚駅 日中 15分間隔)
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