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「坂東三十三観音霊場」
米寿老人の日帰り遍路ひとり旅 第5日の1
平成29年7月21日(金曜日)(晴れ)
JR京浜東北線・ 蕨 駅 7.55―大宮駅 8.12 ¥220
東武野田線・ 大宮駅 8.25―岩槻駅 8.37 ¥200
さいたま市コムバス・ 岩槻駅 8.48−慈恩寺 9.30 ¥260
(さいたまコミュニティバス岩槻線・岩槻―慈恩寺観音行き
平日のみ 1時間間隔 12便)
第12番 華林山慈恩寺(慈恩寺観音)
納経帳御朱印 ¥300 他 滞在時間 9.36−10.15
寺の縁起によれば,天長年間(824−34)慈覚大師が関東巡錫の時日光山の頂上から「仏法を広める霊地あらば示し給え」とスモモの実を投げたところ、この地に落ちて花を咲かせ実ったので,華林山と号し、千手観音を刻み、堂を建て安置したという。
古書「風土記稿」によれば、「慈恩寺、天台宗東叡山の末、華林山最上院と号す」 本坊四十二坊、新坊二十四坊の大寺、元禄7年(1694)の古地図に13万5千坪の境内を構えると書かれていた。 現在の岩槻の地図に、表慈恩寺、慈恩寺、裏慈恩寺と広大な地域があるが、かつての境内ともいわれている。
徳川家康からの寄進,日光輪王寺親王歴代の参篭所になるなどの寺勢を誇っていた。 天保4年(1843)に再建された13間四方の大本堂は、格天井の花鳥絵、天井の鳳凰図、欄間の天人彫り物などの大寺院の風格を備えている。
御朱印を頂くため、納経所に行くと、先客が話し込んでいた。
どうやら法事の相談らしかったが、
「どうぞ、今、お茶を入れますから,お掛けになってお待ち下さい」 と
声をかけられた。
お茶を頂き、先客の区切りで、納経帳に記帳して頂き、「十句観音経」 が書かれた栞が添えられて、
「道中御無事でご結願なさりますようお祈り申し上げます」 と
納経帳を返された。
「有難うございます。 実は今日、私の誕生日で、健康で満88歳の米寿になり、その感謝の為に巡礼旅を思いついたのです」
「それは、それは、御目出とうございます。 でも、そのお年で歩き遍路とはスゴイデスね。」
「いや、有難うございます。 最後まで歩き透せるか、自信がありませんが、とに角、秋のお彼岸までには結願したいと、頑張るつもりです。 今年完成したら、来年は西国33観音に挑戦し、百観音達成も考えたいとも思いますが、ともかく、今は坂東完結の努力が大事です」
「目標があれば、頑張れるもの、健康でもいられるものです。 お見事です!!是非達成してください。 良いお話を聞きました。有難うございます」
「ところで、バスの時間まで、20分ほどありますので、是非≪玄奘霊骨塔≫にご参詣下さい。 ここから500m程の所、往復15分程です」
促されて田圃道を急いで行く。
ここまで、10ヶ寺の納経所に立ち寄って、事務的に記帳を済ませて来た。
少しは話もしたい。が何処も、話の糸口をつかむことが、出来なかった。
さすが慈恩寺、大寺の大黒さん、感性と貫禄を備え,ひきつけて離さない話術に圧倒された。 |

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