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「坂東三十三観音霊場」
米寿老人の日帰り遍路ひとり旅 第6日の2
平成29年7月28日(金曜日)(晴れ)
第15番 白岩山長谷寺(白岩観音)
納経帳御朱印 ¥300 他 滞在時間 14.45−15.30
何処の寺も鐘楼には「立ち入り禁止」の張り紙があった。
此処は鐘楼に賽銭箱があり、「参詣前にお撞き下さい」と、
札が添えられ小さく「一回100円ご喜捨下さい」とも書かれてあった。
「ごーーん」 渾身の力を込めて撞いた鐘は、眼下に広がる高崎の町の空に鳴り響く。 爽快、荘厳 何とも心に響く鐘の音であった。
(300円の喜捨の音)
それから本堂に参詣。 心が洗われての参詣であった。
榛名山のふもとにある修験道場の寺で、修験行者が烏川から白い巨石を運びこの地に修行の場を設けたという伝説から、白岩山と号したという。
「坂東霊場記」によれば、郷士・高崎氏が厄年を恐れていた時、旅僧に宿を提供したところ、旅僧はそのお礼に役行者ゆかりの地に生える楊榧の木で、十一面観音像を作り与えた。 その旅僧こそ行基上人だったという。 12年に一度開帳の秘仏と言われ、藤原時代の作と言われている。 前立本尊は鎌倉時代の作で、県指定文化財。
「長谷寺縁起絵巻」によれば、朱雀年間(686-696)に開祖されたと伝えられている。
寺伝によれば、延暦・大同年間(782-810)の頃伝教大師、弘法大師も訪れ、文徳天皇(851)の御代に,在原業平が堂宇を修復したと伝わる。
鎌倉時代中期(1232)に成立した坂東33か所の内の第15番札所として賑わった。
足利の祖。源義家、新田義貞などの武将からも尊崇された。 新田義貞の挙兵の際、修験者が坂東8か国に激を伝えたという。
天文元年(1532)上杉憲政が伽藍を整えてから発展したが、永禄6年(1563)武田信玄の蓑輪城攻めの兵火で焼失し、武田信玄の子・勝頼が世無道上人に命じて、天正8年(1580)の再建の唐破風様式の建築、向拝に彩色された彫刻。
帰途は下り道、しかも今日も無事に巡り終えた。
3kmの道を、余裕をもって下ることが出来た。
所用時間 15.30−16.15
群馬交通バス・ ドドメキ 16.21―高崎駅 16.55 ¥430
(ドドメキ発車時刻表 ・・・・ 15.41 16.21 17.31・・・・)
JR高崎線・ 高崎駅 17.13―浦和駅 18.40 ¥1490
JR京浜東北線・ 浦和駅 18.45―蕨 駅 18.55
御朱印 第15番 白岩山長谷寺(白岩観音)
御朱印 第16番 五徳山水澤寺
(水澤観音)
第6日目のタイムテーブル
自宅 7.20―徒歩1.3km−蕨駅 7.45―高崎駅(9.39-9.55)―水沢観音バス停 10.50―第16番水沢観音(11.00−12.00)―昼食(12.05-12.30)―水澤バス停12.39―北高崎乗り換え(13.28-13.38)―ドドメキバス停14.02―徒歩3km―第15番 白岩観音(14.45−15.31)―徒歩3km―ドドメキバス停16.21―高崎駅(16.55-1713)―蕨駅18.55―徒歩1.3km―自宅 19.20
本日歩数記録 17914歩 歩行距離 10.6km
交通費 ¥5800 納経帳御朱印・他 ¥1000 食事・ボトル茶 ¥1540
本日総経費¥8340
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