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「坂東三十三観音霊場」
米寿老人の日帰り遍路ひとり旅 第8日の1 平成29年8月 4日(金曜日)(晴れ)
JR武蔵野線・ 南浦和駅 6.57―南越谷駅 7.09 ¥220 東武日光線・急行 新越谷駅 7.19―南栗橋駅 7.52 ¥810
東武日光線・ 南栗橋駅 7.54―東武栃木駅 8.28
市営ふれあいバス・ 栃木駅北口 8.50―出流観音 9.50 ¥300
(栃木駅北口発車時刻表 出流観音行き 終点下車
・・・・8.50 10.34 12.24・・・・ 乗車時間1時間)
第17番 出流山満願寺(出流観音) 納経帳御朱印¥300 奥の院観音堂拝観料 ¥300 他 滞在時間 10.00−10.40
栃木駅前から出流観音行きのバスに乗りこむ。 乗客3人、次々と途中で下車して、ついに貸し切りバス状態。 砕石工場が何と多いことか、海底の石灰岩が隆起して、現在の地形に、道は白く埃が舞い、山肌が白く削られている。 バスは砕石場を縫うように、白埃をまき散らしながら、突き進む。 やがて緑濃い山里に、乗車時間1時間やがて出流観音バス停の到着。 手打ちそばの店が並ぶ道を抜けて徒歩300m 、仁王門があった。
二層建ての仁王門にくぐると、老木に囲まれた境内は、森閑とした空気に包まれている。
薬師堂、本坊、200人収容できる鉄筋5階建て宿坊「信徒会館」、その先に本堂か建つ。
出流山満願寺は天平神護元年(765)に、日光を開山した勝道上人が開創したので。、日光修験者は満願寺で入峰の修行をしたという。
応安元年(1368)に、足利義満の寄進で建立した観音堂だが,大火で焼失し、明和元年(1764)に再建された。
本尊千手観音は、弘仁11年(820)に弘法大師が勝道上人の遺徳を偲んで参篭したときに刻まれた磨崖仏と伝わる。
洞内は鍾乳洞で観音洞窟(かんのんいわや)と呼ばれ、高さ4mあまりの鍾乳石が祀られ、観音菩薩の後ろ姿として拝まれている。 伝説では天平時代国司・若田氏高夫妻が子宝を祈願し授かったのが,勝道上人という。
此の因縁から奥の院十一面観音像は「子授観音」 と知られる
鍾乳石は100年に1㎝くらいの伸び、足利時代以来開創1300年にわずか13㎝の伸びという、この霊像は5万年を超えている物と考えると、素晴らしい霊像である。
奥の院は本堂から山道を登った奥にある。
奥の院は往復40分との事。 山道だが整備されているとの事で、大変だったら、途中で引き返せば良いではないかと考え、拝観料を納めて入山した。 ひんやり涼気が、心地よく肌になじむ。 参詣して帰る人に出会い、素晴らしいから頑張ってと挨拶され、励まされた。
道々に鎮座する、苔むす石仏が、時代を物語っている。 長い年月、多くの参詣者が、ここを歩いたのであろう。
右側を清流が、心地よくささやいて流れている。 此の涼気か!!踏ん張る足に力がこもるが、とに角,きつい。
3歩進んで,膝を撫で、2歩進んで、弾んだ息を整える。
正に修行の境地だ!
誰もいな い! 此の不様なカッコウ、誰も咎
めも笑いもしない、誰も居な
いのだから。
やっと岩の壁面に張り付く、赤いお堂
が見えて来た。 もう少しの辛抱!!
そこに出現したのは、勾配急な石段!!!あれ、あれ!! 狭い石段を一段一段登る。 此のありさまでは、
参詣者が降りてきたら、すれ違うことが出来ないナ。 心配したが参詣者は誰もいない。 又一段、また一段。 やっとの思いで観音堂にたどり着く。 まさに息絶え絶えとはこのことか? 観音様の御手に御すがりする!!!
右手に水垢離を行う「大悲の滝」が流れ落ちている。
奥の院観音堂 入口10.40−観音堂11.15−11.20−入口11.35
御朱印を頂戴して、バスの時間がギリギリ、駆ける様にバス停に急ぐ。
遂に「名物手打ちそば」 を食べそこなって しまった。
市営ふれあいバス・ 出流観音11.56−栃木駅北口12.54 ¥300 (出流観音発車時刻表 栃木駅行き
・・・・10.05 11.56 13.50・・・・乗車時間1時間)
東武宇都宮線・ 東武栃木駅13.14―東武宇都宮駅13.58 ¥420
関東バス・ 東武駅前14.25―大谷観音14.44 ¥450 (宇都宮駅発車時刻表 宇都宮駅―立岩行き 大谷観音前下車
・・・・13.25 14.15 14.50 16.05・・・・乗車時間30分)
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