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「坂東三十三観音霊場」
米寿老人の日帰り遍路ひとり旅 第8日の2 平成29年8月 4日(金曜日)(晴れ)
第19番 天開山大谷寺(大谷観音) 納経帳御朱印¥300 拝観料 ¥300 滞在時間14.57−15.44
バス停の前に、大谷元観音堂があり、向かいに
神社があった。
大谷観音の縁起には、この一帯は大小の屏風岩に囲まれ、中は広い地で、水が湧き、川となっていたため、大谷と呼ばれた。 然し毒蛇が住み毒液を流すので、鳥獣虫魚が死に、人々は触れると病気に、五穀は枯れ、草木は萎み、人々は苦しみ、地獄谷と呼び、この地を捨てようとした。 大同、弘仁(810−)の頃、弘法大師が東国巡錫の折、話を聞き毒蛇退治に谷に入り、退治したと告げ立ち去った。
村人が谷に入り、岩山に千手観音が彫ってあり、観音の光明が山野を金色に変えた。
人々は弘法大師の偉業に感謝し観世音に帰依し信仰したのが大谷寺の始まりと言う。 池のほとりに弁財天が祀られ、毒蛇が心入れ替え、白蛇になってお仕えしているという「白蛇伝」。
大谷寺本尊千手観音は、平安時代(810)弘法大師の作と伝えられる。 鎌倉時代に坂東19番霊場となり、岩面に直接彫刻した表面に、朱を塗り粘土で僅か化粧を施し、漆を塗り金箔が押され、金色に輝いていた。 最近の研究では、バーミヤン石仏と共通点があり、アフガニスタン僧侶の彫刻とも考えられるという。
中央、薬師三尊像、平安時代作。 阿弥陀三尊像、鎌倉時代作。 国特別史跡と重要文化財の指定。 昭和37年、石仏保存維持の大大的工事の時、地層最下層から1万1千年前の縄文時代早期の人骨・土器・石器が出土し、宝物殿に保存、
江戸時代初期、家康長女・亀姫が、日光道中の江戸・日光の中継所として伝海僧正の中興を援助し、日光輪王寺の宮の休憩所・宿泊所として利用された、寺紋は「菊の紋」「葵の紋」2つあるという。
大谷公園・平和観音 滞在時間 15.47−16.00
高さ27mの平和観音は、太平洋戦争の戦死者戦没者の供養と、世界平和を祈って彫刻された。東京芸大。飛田朝次郎教授の制作、大谷の石工たちが彫刻し、昭和29年完成日光輪王寺門跡・菅原大僧正の開眼供養が行われた。 現在、宇都宮市公園課の管理の公園。
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