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「坂東三十三観音霊場」
米寿老人の日帰り遍路ひとり旅 第15日の3
平成29年9月11日(月曜日)(晴れ)
番外 成田山新勝寺
納経帳御朱印 ¥300 他 滞在時間 16.00−17.10
天慶2年(939)関東の武将・平将門が新皇と名乗り朝廷と敵対し、平将門の乱が勃発した。乱世に人々は不安と混乱の中で生活していた。 朱雀天皇の命を受け寛朝大僧正が、弘法大師が刻んで開眼した、不動明王を奉持して、京都から大阪を経て、房総半島の尾垂ヶ浜に上陸し、成田の地に安置し、戦乱が鎮まるよう祈願したところ、将門が敗北し関東の地に平和が訪れた。 寛朝大僧正が都に帰ろうとしたところ、御本尊が盤石のごとく動かず、こ
の地に留まるよう告げたので、ここに成田山新勝寺が開山されたという。
源頼朝、水戸光圀,二宮尊徳翁、などが信仰し、また歌舞伎役者・市川團十郎が成田の不動明王に帰依し,成田屋の屋号を名乗り、
不動明王登場の芝居を打ち、それらの事から、庶民の信仰を集めた。
代表的な日本人の一人、二宮尊徳翁が開眼した地。
戦前、戦中、日本中の学校の校庭に、必ず置かれた、「薪を背負い、歩きながら、本を読んで勉強する姿の二宮金次郎」の銅像・石像の人、終戦とともに石・銅像は撤去廃却され、そして忘却された人物。
二宮尊徳翁は、(天明7年から安政年間(1787−1856))不出世の才と堅忍不抜の行いをもって小田原藩主大久保忠真侯に抜擢され野州桜町(栃木県二宮町)の復興に一身をささげた。 内外の妨害に、成田山に参篭し、断食水行21日、霊験感応あり心眼開けて大悟した、二宮哲学の開眼の地
御朱印を頂くとき、この坂東観音霊場納経帳に、一緒に御朱印を記載してよろしいですか? 成田山は御不動様ですが・・・ と言われた。なるほど、 御不動さんと観音さんとは、佛に仕える身だが、役割が違う という事か? どうでも良いと思ったが・・・・・
JR成田線・ 成田駅 17.47―千葉駅 18.24 ¥1320
JR総武線・快速 千葉駅 18.33―東京駅 19.03
JR京浜東北線: 東京駅 19.19―蕨 駅 19.53
第29番 海上山千葉寺(千葉寺観音)
第30番 平野山高蔵寺(高倉観音)
番外 成田山新勝寺
第15日目のタイムテーブル
自宅 6.20―徒歩−蕨 駅 6.48―秋葉原駅 (7.20−7.26)―錦糸町駅(7.32−7.42―千葉駅 (8.15−8.21)―木更津駅 (9.03−9.20)−かずさ高倉バス停 9.43−第30番 平野山高蔵寺(高蔵観音(10.00−10.55)―徒歩0.5km− 高倉観音下バス停 11.06−木更津駅 (11.30−11.41)―蘇我駅 12.13−徒歩2km−京成・千葉寺駅 13.04−第29番 海上山千葉寺 (13.25−14.10)−千葉寺前バス停 14.13−千葉駅 (14.30−15.00)―成田駅 15.30−徒歩1km ―番外 成田山新勝寺( 16.00−17.10)−商店街17.15−17.40)―成田駅 17.47―千葉駅 (18.24−18.33)―東京駅 (19.03−19.19 )−蕨 駅 19.53―徒歩―自宅 20.15
本日歩数記録 22917歩 歩行距離 13.3km
交通費 ¥5200 納経帳御朱印・他 ¥1200 食事・ボトル茶 ¥680
本日総経費¥7080
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