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「坂東三十三観音霊場」
米寿老人の日帰り遍路ひとり旅 第16日の2
平成29年9月15日(金曜日)(晴れ)
小湊バス・ 笠森バス停 12.06−茂原駅 12.41 ¥520
JR外房線・ 茂原駅 12.50―長者町駅 13.12 ¥320
第32番 音羽山清水寺(清水観音)
納経帳御朱印 ¥300 他 滞在時間 15.00−16.20
バス、電車を乗り継いで、JR外房線・長者町に降り立った。
無人駅、降りたのは、私一人だった。
地図を広げ、歩く方角を決めた。
11日の高倉観音、千葉観音、成田山を巡った時も、今日15日笠森観音でも彼岸花は気付かなかったが、この地清水観音への道すがら、あちら、こちらに彼岸花の赤がよく目立つ。 笠森よりも温暖なのかな?
それにしても、植物は几帳面に時期を告げてくれる。
津波緊急避難地の標識もやはり、良く目立つ赤だった。
ここの海岸も東北程では無かったが、
津波被害を受けたので、いち早く標識が設置され、注意喚起をうながしている。
自然豊かな森に囲まれ、西国16番京都の清水寺と山号も寺号も同じで、西国25番御嶽山清水寺とともに「日本三清水」と言われ、清水が枯れることなく、湧くという共通点があるという。
清水寺の寺伝によると、延暦年間(782−806)伝教大師最澄がこの地を巡錫中に熊野権現の化身の樵に導かれて庵を結んだとされ、その弟子の慈覚大師円仁が師の志を継いで、楠で観音像を刻み、安置した。 その後、大同2年(807)、東征中の坂上田村麻呂が堂宇を建立したという、
参道を登ると渋い色調の仁王門が立ち、その奥が朱塗の四天門で対照的。 この門は文政5年(1822)の建立、昭和59年銅板葺きに改修され、風神,雷神を祀ったという。 門を入ると、右手に西国、坂東、秩父の百観音の写しを祀る百体観音堂、左側に閻魔堂右側の赤穂四十七士の彫刻が並ぶ。 明治末期当時の住職が供養のため、仏師に刻ざませたという。
左に文化11年(1811)の本堂の仮堂として建てた奥の院堂。
そこから石段を登って本堂。本堂の前に幾世を経ても枯れることのない寺名由来の「千尋の池」がある。 本堂は文化14年(1817)に再建された江戸期の建築様式。
清水寺を辞する。
後は予定どうりに、9月23日「秋分の日」・「彼岸の中日」に、結願寺の33番那古観音を残すのみとなった。 名残惜しい。
JR外房線・ 長者町駅 17.48―上総一ノ宮駅 18.00
JR外房線・快速 上総一ノ宮駅 18.06―東京駅 19.30
JR京浜東北線・ 東京駅18.44 ―蕨 駅 20.17 ¥1940
第31番 大悲山笠森寺(笠森観音)
第32番 音羽山清水寺(清水観音)
第16日目のタイムテーブル
自宅 7.20―徒歩1.3km−蕨駅 7.11―秋葉原駅 (7.44−7.44)―錦糸町駅 (7.50−7.53)―千葉駅 (8.24−8.31)―茂原駅 (9.11−9.50)−笠森バス停 10.23 −笠森本坊表門 10.30−入口10.36−三本杉10.41−笠森稲荷神社 10.43―霊木・子授楠 10.45−芭蕉句碑10.50−山門 10.52第31番 大悲山笠森寺(笠森観音)(10.40−11.45)−徒歩0.5km―笠森バス停 12.06−茂原駅(12.41−12.50)―長者町駅13.12− 徒歩4km− 長者町駅13.15−清水寺標識交差点・左折14.18−清水寺標識交差点・右折14.36−清水寺入口碑14.52―仁王門15.06 第32番 音羽山清水寺(清水観音)(15.00−16.20)−入口碑16.20−中根小学校17.02―踏切17.16−長者町駅17.33―徒歩4km―長者町駅 17.48―上総一ノ宮駅 (18.00−18.06)―東京駅(19.30−18.44)―蕨 駅 20.17―徒歩―自宅 20.10
本日歩数記録 28575歩 歩行距離 16.6km
交通費 ¥4790 納経帳御朱印・他 ¥1100 食事・ボトル茶 ¥820
本日総経費¥6710
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