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憲法記念日
5月3日は憲法記念日です。
昭和21年11月3日公布 昭和22年5月3日施行
ここに「大日本帝国憲法」いわゆる「明治憲法」は、「日本国憲法」として、スタートした。
昭和20年8月15日、大日本帝国は、米・英・仏・露・支那(中国)・蘭などの連合国に対して、
ポツダム宣言を受諾し、無条件降伏した。
8月17日、皇族の東久邇宮内閣が成立。
これは、降伏に対して不満を抱く、軍の一部を抑えるためときく。
その時、まだ存続している、帝国軍隊を平和裏に解体するには、政治家や軍人では難しかったのである。
アメリカの進駐軍第一陣が、厚木飛行場に8月28日、
そして8月30日にマッカーサー総司令官が厚木飛行場に降り立ち、
ここに「アメリカによる日本の統治」が始まった。
東京・日比谷・第一生命ビルに『GHQ』が置かれ、直ちに,矢継ぎ早に、次々と,
「GHQ指令」が発せられた。
当初、日本の抵抗が激しいと予想し、軍政を敷く構想だったが、スムーズに戦争終結に向かったので、日本政府と行政機構を残して、「間接統治方式」がとられた。
連合国とはいうものの、実質アメリカ単独だったので、GHQ政策はアメリカ主導で進められた。
日本が再びアメリカの脅威にならぬようにするのが、アメリカの狙いであった。
軍政だったら、今のイラクの様に日本が激しく抵抗していたら、
ソ連がもっと強行に干渉していたら「ソ連の北海道統治」は現実のものであったこと、
そして「ソ連の東北地方分割統治」も、
現実に「ソ連の38度線以北の朝鮮分割統治」は今の「北朝鮮」を生み出した、
などなど今考えると、日本のその後の歴史が、
大きく変わっていた可能性があり、非常にラッキーな方向に、流れて来たのだと、今は考えている。
その後世界では、沢山の戦争や紛争が起こり、平和には程遠い世界となっている。
そしてその度に弱者が犠牲になっている。
その後の歴史が如実に物語っているのである。
その中で、唯一、日本は戦争をしたことが無く、世界に誇れる国なのである。
むかーーし、むかしのお話 第2話 続きはまた明日
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失礼します。がばいば母さんです( ^)o(^ )
ブログ作ってみました。
よかったら見てくんしゃい。
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2008/5/21(水) 午前 2:17 [ 桜 よしこちゃん ]