こんにちわ はじめまして
保科正之を保護した見性院の墓記事の、転載のお願いに訪問させていただきました。
保科政治と伊達騒動の時代を、テーマに、ブログ小説を書いてみました。
春日部駅前の大橋から、久喜、白岡、騎西、・・・の百余村が、伊達政宗が徳川家康から
拝領した伊達久喜御鷹場であったこと、その御鷹場を、藩主幼少を理由に没収されたことから伊達騒動の幕が開いたこと、松尾芭蕉が奥の細道に出発した日が原田甲斐の命日であること、その日、松尾芭蕉は春日部に泊まったこと。原田甲斐首塚のある米谷の東陽寺と宗派も名前も同じ、春日部の東陽寺を訪れていること、その春日部東陽寺は、家康が関東周辺の寺院に朱印状を与えて寺領の安堵を図った時期よりも遅く、家老原田甲斐が三千石
に加増された時期に近いことなどから、東陽寺再建にかかわった初鹿野氏の墓をたずねて見沼に行きました。初鹿野氏は、武田遺臣。見沼周辺は、物部連守屋一族の地、原田甲斐の親戚で仙台藩鷹匠組の守屋氏がいます。
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