なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

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「坂東三十三観音霊場」 
米寿老人の日帰り遍路ひとり旅   第9日の2
      平成29年8月 7日(月曜日)(晴れ)
 
 
第24番 雨引山楽法寺(雨引観音)    
納経帳記載御朱印 ¥300 他   滞在時間15.50−16.45
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岩瀬駅を出発(時間 13,50)  観音まで徒歩5kmの行程。
あまり高低の無い田園の道を2kmばかりのんびりと歩くと、トラックが行き来する街道に合流、道端を歩く事2kmばかり、遠く筑波山が雲に霞んで、見え隠れする。 のんびりとした道であった。
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あれ、目指す山の頂近くに、建物が見える。 寺院の感じではないが、多分「雨引観音」の付属建築であろう。 「あそこまで登るのか」  目指す道は、過酷が待ち受けている予感がした。 
やがて、立派な「観音入口碑」があった。 この先、1kmの道が長く険しい予感。  進むしかない!!(時間 14.50)

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部落の道を抜ける。 「雨引観音・徒歩の方は直進が近道です」 の標識があり、それに従う。
やがて山道にかかり、路傍の 野仏が迎えてくれた。   
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自動車参道に交差し、「雨引観音の碑」 があり、 「ふれあいの道 ・雨引観音 0.4km」 の標識。(時間 15.20)
碑の後ろ、石段状の山道を直進登る。 
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 路傍の野仏は、昔より沢山の参詣者を迎え、励まし勇気付けたことか、野仏と会話し休息をとる。
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上に行くほど過酷キツイ!!



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 苔の生す石段を、2段登り息を整え、3段登って腿を撫ぜ、また2段登って一休み。 

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どうにも、こうにも、ただ苦しい!!

やっと山門前の広い駐車場にたどり着く。 400mを30分(時間 15.50)
真壁城の大手門を寄進されたという薬医門。
薬医門をくぐり、アジサイが両側に咲く、数十段の石段の上に、朱に輝く仁王門。





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「境内にはクジャクが放し飼いにされていますので、愛犬をお連れの方は引綱を放さない様にお願いいたします。  クジャクが安心して羽を広げられるよう、距離をおいて静かに鑑賞して下さい。 特に小さなお子様連れの方はご注意下さい」 の高札。
なるほど、本堂前にクジャクがと思ったら、どこかに隠れてしまい、後は見つけることが出来なかった。  立派なオスの鶏、メスの鶏がのんびりと闊歩していた。
 
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雨引観音は用明天皇の御代(6世紀末)中国・梁の国人・法輪独守居士により開かれた。
仁王門は重層入母屋造りの楼門は、宝永7年(1710)建造で、鳥類の彫刻が壁面を飾る。

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推古天皇の病気平愈祈願,天平年中(730)聖武天皇、光明皇后の安産を祈願、弘仁12年(821)嵯峨天皇の降雨祈願によって雨引山の山号を賜り勅願寺・安産祈願の根本霊場に成り、鎌倉幕府の宗尊親王・足利尊氏公、徳川家康公・徳川吉宗公は篤く雨引観音を信仰し、多くの寺領・堂塔を寄進したという。
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観音堂も朱塗、左甚五郎の相弟子円哲作の,本朝二十四孝伝の浮彫。
堂内には本尊・延命観音と如意輪観音(国指定重文)






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途中「宿カリ椎」は本尊が火災の折り梢に難を避けたという伝説の大木。





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 JR水戸線・       岩瀬駅 18.46―小山駅 19.23     ¥1490 
   JR宇都宮線・   小山駅 19.28―浦和駅 20.25 
 JR京浜東北線・   浦和駅 20.31―南浦和駅 20.35   

23番 佐白山観世音寺(佐白観音) 
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24番 雨引山楽法寺(雨引観音)
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第1日目のタイムテーブル
 自宅 6.40―徒歩1.3km−蕨駅 7.04―浦和(7.10-7.19)―小山(8.15-8.22)―笠間9.17―徒歩2km≪駅前9.20− 史跡・笠間藩校・時習館跡9.54―大石邸跡10.05―笠間日動美術館 10.06―つつじ山麓公園10.07≫―第23番佐白観音(10.10-10.50)―徒歩2km(10.50-11.26)―笠間(10.26-12.26)―下館縦(12.59-13.26)―岩瀬駅 13.42―徒歩5km ≪岩瀬駅13.50−観音入口碑14.50−観音碑15.20−山門15.50≫―第24番 雨引観音(15.50-16.45)―徒歩5km≪山門16.50−碑16.55−観音堂入口碑17.25−駅18.21≫―岩瀬駅(18.21-16.36)―小山駅19.23-19.28)―浦和駅(20.25-20.31)―南浦和駅20.35―徒歩1.5km―自宅 21.00

 
  本日歩数記録   37482歩  歩行距離 22.1km
交通費 ¥4170  納経帳御朱印・他 ¥800  食事・ボトル茶 ¥1540  
                                      本日総経費¥6510


 
「坂東三十三観音霊場」 

米寿老人の日帰り遍路ひとり旅   第9日の1

      平成29年8月 7日(月曜日)(晴れ)

 

  JR京浜東北線・  蕨 駅 7.04―浦和駅 7.19    ¥1940

  JR宇都宮線・    浦和駅 7.19―小山駅 8.15 
  JR水戸線・     小山駅 8.22―笠間駅 9.17 

   

第23番 佐白山観世音寺 (佐白観音)   

納経帳記載御朱印 ¥300 他   滞在時間  10.10−10.50


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笠間駅前の道を北に行く。(時間 9.25)
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江戸時代初期、安政期(1854−9)に笠間藩校「時習館」が建てられた。 明治以降学校用地となり,旧笠間藩主牧野家邸、町役場もあった。(時間 9.54)


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元和8年(1622)、笠間藩主となった浅野家5万石、笠間城の家老大石良政の屋敷跡で、その後笠間藩主・浅野長直は正保2年(1645)に赤穂へ国替えとなった。  大石良政の子、大石内蔵助良雄が「忠臣蔵」物語の赤穂藩国家老である。(時間 10.05)
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笠間日動美術館では、「不思議がいっぱい、迷宮の絵画展」という絵画展が開かれていた。 (時間 10時06) 「23番正福寺は」そのすぐ近く。(時間 10.07)


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観光バスの一台、バスツアーの人々を乗せて、参詣していた。  

「佐城山縁起」によると白稚2年(651)に狩人・粒浦氏により開創で、白馬,白鹿、白雉が守っていた霊木で千手観音を刻み三白正福寺と称した。孝徳天皇の特願所となって、奈良・平安時代関東有数の霊場となった。 




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建保2年(1214)宇都宮氏の一族、時朝が正福寺の堂宇も僧侶も滅ぼし、そこに築城し笠間氏を名のったのが,佐白山で、時朝は笠間城を建てたが、多数の僧侶の亡霊に悩まされ、観音堂を再建した。

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その後400年笠間氏は正福寺を信仰するが、天正18年(1590)、笠間氏は宗家・宇都宮氏に滅ぼされた。 昭和5年の現本堂が建てられ、寺号を観世音寺と改めたという。
  
 
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佐白観音を辞し笠間駅に戻る。  徒歩2km(10.50−11.30)

佐白観音に、行きは地図を片手に慎重に進んでいった。 単純な経路だったので帰りの道は、間違いなしに駅まで戻れると思った。
 ところが、中間点の食い違い交差点を、右折し左折するところを、直進したので、一本道路違いに気付かず、街並みも同じように見えたので、駅に直進するとばかり思い込み、電車の時間ばかり気にしながら進んだ。  

ところが線路踏切と交差して初めて気付き、慌てて駅に抜ける道を探したが、だいぶ戻らないと、駅へ抜ける道が無かった。  
急ぐが、聞く所もなく、地図を片手に探し回りする間に、電車が到着し、発車する音を聞いた後に、やっと駅に到着、僅か2分の差で、次の電車を1時間と1分待たなければならなかった。  
行きも帰りも僅かの利を求めて、裏道を選んだのが、失敗だった。  

ただ逆に、今日は昼食が取れずに、携帯食かと思っていたところ、昼食を取る時間が出来た幸運もあった。   
あまり商店のない駅前を見渡すと、ただ一軒の洋食屋があり、そこで昼食を取ることにした。

当日予定の時刻表 
 (JR水戸線・笠間駅 11.24―下館駅( 11.59 −12.02)−益子12.43
 (真岡鉄道・下館駅 13.01−益子駅 13.41)

当日行動した時間表 
  JR水戸線・   笠間駅 12.27―下館駅 12.59     ¥500 
  JR水戸線・   下館駅 13.26―岩瀬駅 13.42     ¥240
 
本日の第2の失敗
笠間駅に戻って、計画より1時間遅れの電車で、次の第20番西明寺に行くべく、下館駅で真岡鉄道に乗り継いで、益子駅に行くはずであった。  下館駅の接続時間は2分。  
充分間に会う接続時間と思っていたが、乗車券の買替えに改札を出たのが間違いの基。   
乗車券を買おうとしたら、発車時間だから「そのまま、車内で買ってくれ」「急いで!急いで!!」 と促され、ホームを駈けたが真岡鉄道はホームの端の端で、間に合わなかった。  
慣れた者なら乗り換えも簡単だが、初めて降りた駅、状況も分からぬ老人が、モタモタもたつき乍ら跨線橋を渡っての、乗り換えは2分では無理だった。  
時刻表を見ると、次の益子行きは、下館発14時31分、到着15時18分。 まだ1時間半以上時間があるが、また到着してから徒歩4kmだと、西明寺への道中状態がわからないので、寺院の開門時間に対して、余裕がない。  
色々頭を巡らせ、資料を一覧して、第24番雨引観音に変更するのが、今の状況では ベスト。 
下館13時26分発、岩瀬13時42分着、徒歩5km70分、これなら行動時間の余裕がある。  乗って来た電車を、又途中まで戻ることに成るのだが。

24番雨引観音楽法寺をめざす。 

 

健康・闘病の記録

健康:闘病の記録  その37 前立腺がん
 
 平成29年12月16日(土曜日)、医療センターに行った。
先週、前立腺がんの疑いの為に受けた、「前立腺組織採取の為の一泊検査」の結果を聞くためであった。
予想の通り、検査のため採取した組織が「ガン」、来週12月22日金曜日に骨への転移がないかアイソトープを用いた、「骨シンチグラフィー検査」
を受ける日時が示された。  
同時に今後の治療方法の計画が示され、「シンチグラフィー検査」の結果を告げる、来年1月6日土曜日までに、どの治療方法にするかを、決めて来て欲しいと告げられた。
年末になって,俄然、忙しくなり、雲行きが怪しくなった。
 
先行き、長い闘病生活が予想されると見込まれるので、改めて「闘病記」を記録しようと思い、項目を更新した。
「闘病記」そのものは従来を踏襲して継続する。
 
 
古い話の為、過去の記事「健康:大腸がん闘病の記録」から、
平成14年(2002) 7月、腸閉塞の為入院、直ちに開腹手術し、「S字結腸腫瘍切除、人工肛門造設」の手術を受け、結果「切除腫瘍はガン、腸壁は破れる寸前,摘出リンパ球は殆どガン陽転反応しているので、医学統計から推定すると、5年後の生存率40%以下であり、写真所見ではガン転移は認められないが、他の臓器に転移している可能性が高い。」 と告知された。
その後抗癌剤投与の治療を受け、約10ヶ月がかりでの、その治療も終了した平成15年(2003) 7月、ようやく1年後病気回復の内祝いをしたのだ。
更に、平成15年(2003)10月、再び開腹手術をして、人工肛門を取り外して、直腸につなぐ手術を行い、人口肛門の煩わしさから解放され、喜びを感じたのであった。 
そして、半年毎の「CT検査と採血・採尿検査」とで病状を確認し、その後、10年経過以後は、その検査は、年に1度の定期検査になったが、手術後に「5年後の生存率40%以下」と告知されたにも関わらず、その後の15年間無病・息災、薬も飲まず、サプリメントも飲まず、健康で病気にも罹らず、何不自由なく生存したのであった。 
我ながら驚異の人生であったのだ。  
如いて言えば,歯医者には通い、現在上の歯は総入れ歯、下両奥歯はかぶせ、自己歯は10本ばかりだが。
 
3年前の、平成26年(2014)10月、白内障の手術で入院した。
1か月後の11月、その後2か月後の翌27年1月、その後の半年後の27年7月、その1年後の28年7月、そして更に1年後の今年29年7月19日に白内障の治療効果の検査を終了して、
「検査の結果、左目の治療に異常がないので、検査を終了いたします。 異変を感じたら来て下さい。  右目は現在手術する程でないので、しばらく様子を見ましょう」 
という事で、眼科の白内障手術の治療は取り敢えず終了した。
 
 
眼科に来たついでに、外科の定期検査の時期が来ているので、「検査日程の取得」を相談する為の「消化器外科・外来診療予約日」の予約をした。  
平成29年(2017)7月27日(木曜日)午前11時・外科予約時間に決定する。
 
7月27日、担当医師と1年ぶりに面談して、
「造影剤投与のCT検査予定日を9月1日(金曜日)12時00分に決定。 当日30分前に、診療同意書の記入事項に記入持参し、検査受付を終了すること。 当日朝食抜きのこと。」  そして
その「検査結果の回答は、9月7日(木曜日) 9時診療予約日」 と決定した。
毎年この時期の恒例行事、然したる異変も無し。
 
9月7日、医療センター「消化器外科・外来」に行き、受付表を提出し、診療の順番を待っていた。 
「今日も又、何時もと同じように言われるだろう。 検査を受けなくとも良いが、検査カルテが無くなったら、希望の時、検査が受けられないと困るから、マー1年に一回の検査だから、病院も先生も面倒でしょうが宜しく」 というわけで検査を受け続けて来た。   

暫くして、「診察順番を、2・3人飛び越して、早く呼ばれたな」と思ったが、

 「胸部・腹部の検査に、異常は認められないが、泌尿器に何か異常があるようだ。   泌尿器科の検診は受けたことはあるか?   泌尿器科の知り合いはあるか?   無ければ、此処の泌尿器科の検診を、受ける様に」と勧められた。 
今日の診療時間がまだ間に合うようだから!   とガチャガチャとコンピューター・カルテに記載し、診療時間内に診療が受けられるよう、泌尿器科へ、看護師同道で連れていかれた。

医師と患者、永年の関係での配慮と受け止めた。

泌尿器科で「問診票に記入して下さい」 と問診票を渡された。
そこには、「検診を受ける理由、現在困っていることは? 一日何回放尿しますか? 残尿感はありますか? などなど」。  

何か狐に摘ままれているような質門事項に、自覚症状がなく、戸惑いを感じ、適当に記入して、診察を待つ。

やがて呼ばれて診察室に入ると、2・3質問され、
「そちらのベッドに、尻を出して、向こう向きに寝て下さい。  尻を此方に向けて、ひざを抱えて、出来るだけ丸くなって下さい」
キュキュと手袋をはめる音。 
「触診します」  そしていきなり指を、尻の穴に突っ込まれ、グルグルと回され、今度は棒を尻に突っ込まれ、これもグルグルかき回された。

その挙句、「10月6日(金曜日)、造営MRI検査を14時30分から、受けて下さい」 と言われ、診察室から出て、待つように言われた。
やがて看護師から、診療説明書と検査同意書が渡され、検査当日記入した同意書を、検査受付に提出して検査を受け、
「翌10月7日(土曜日)9時予約受付」の予定で、泌尿器科診察室で「検査の結果が告げられる」 事となった。
「造影MRI検査」は過去にも何回か受けたこともある。 
一連の精密検査の延長線だナ位の感覚であった。 
 

 実はこの時期、7月15日より、「坂東33観音遍路旅」 関東1都6県に点在する寺院に、いわゆる巡礼旅を思い立ち、1番鎌倉・杉本寺を「発願寺」とし、2ヶ月余を懸ける9月23日「秋分の日」に、33番最後の千葉館山・那古寺を「結願寺」 とすべく、遍路旅を行っていた丁度「遍路旅・佳境の真っ最中」の時期で、最大の関心事は遍路旅。  
9月4日には、遍路旅最難関の21番茨城・日輪寺にも参詣。
9月11日は29番千葉寺、30番千葉・高倉観音、番外の成田山新勝寺の3ヶ寺を参詣する予定を立てている。
後は31番笠森観音、32番清水観音、最後の33番那古観音の3ヶ寺の2日間の予定、充分予定の行動範囲内。
 
今まで健康で過ごしてきた身体、少しの異変も感じない身体、遍路旅中も過酷な行動に異変も感じない身体、よもやの感覚は皆無である。



「坂東三十三観音霊場」 
米寿老人の日帰り遍路ひとり旅   第8日の3
      平成29年8月 4日(金曜日)(晴れ)
 


 大谷の奇岩群・御止山
                   滞在時間 16.08−16.12
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御止山・大谷石奇岩群と赤松の織り成す風光明媚な景勝が「陸の松島」と称賛され、国指定の名勝(平成18年)。
栃木県では「日光華厳の滝」に次ぐ2つ目の指定。 
大谷石は緑色凝灰岩と言い火山灰の堆積岩。

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 日光輪王寺宮様の御用山で、秋のマツタケ狩りのため、一般の人々の立ち入りが禁止され「おとめやま」と呼ばれた。 

現在は登山は受付に申告の上、散策が可能だが、自然景観保護の為、安全柵等の設備がないと言う。
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 大谷資料館   
            入館料 ¥800   滞在時間 16.13−17.00

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大谷石は関東の住宅の石垣、倉庫等に使われ、明治初めに職人長屋が連なり賑わいを見せていた。

大谷石が有名になったのは、大正時代、建築家ライトが帝国ホテル(現在明治村に保存)に使用してからである。

大谷資料館は、2万平方mの地下採掘場跡で、照明に浮かぶ空間は幻想的。
 
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 関東バス・       大谷資料館入口17.22―東武駅前18.00 ¥450
       (大谷観音発車時刻表 立岩ー宇都宮駅間 
             ・・・・16.48  17.23  18.23 ・・・・乗車時間30分)
 東武宇都宮線・    東武宇都宮駅18.10―新栃木駅18.43  ¥1060 
 東武宇都宮線・    新栃木駅 18.52―南栗橋駅 19.30 
 東武宇都宮線・急行 南栗橋駅 19.31―新越谷駅 20.02 
 JR武蔵野線      南越谷駅 20.14−南浦和駅 20.30    ¥220
 


御朱印 第17番 出流山満願寺(出流観音)
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御朱印 第19番 天開山大谷寺
(大谷観音)
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第8日目のタイムテーブル
自宅 6.30―徒歩1.5km−南浦和駅 6.57――南越谷駅 (7.09-7.19) ―南栗橋駅(7.52-7.54)―東武栃木駅8.28―出流観音9.50―徒歩300m―第17番 出流観音(10.0010.40)――奥の院観音堂入口10.40−観音堂(11.1511.20)−入口11.35 ―徒歩300m―出流観音11.56− 栃木駅北口12.54―東武栃木駅13.14―東武宇都宮駅13.58―東武駅前14.25―大谷観音14.44―第19番 大谷観音(14.5715.44)―大谷公園・平和観音(15.47-16.00)―徒歩500m―大谷の奇岩群・御止山(16.0816.12)―大谷資料館16.1317.00)― 大谷資料バス停17.22―東武駅前18.00東武宇都宮駅18.10―新栃木駅(18.43-18.52)―南栗橋駅(19.30-19.31)―新越谷駅20.02―南越谷駅20.14−南浦和駅20.30―徒歩1.5km―自宅 21.00

 
 本日歩数記録  19875歩  歩行距離 11.7km
交通費 4230  納経帳御朱印・他 ¥2200  食事・ボトル茶 ¥670  
本日総経費¥7100





「坂東三十三観音霊場」 

米寿老人の日帰り遍路ひとり旅   第8日の2

      平成29年8月 4日(金曜日)(晴れ)

 

第19番 天開山大谷寺(大谷観音)   

納経帳御朱印¥300  拝観料 ¥300  滞在時間14.57−15.44 


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バス停の前に、大谷元観音堂があり、向かいに
神社があった。

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大谷観音の縁起には、この一帯は大小の屏風岩に囲まれ、中は広い地で、水が湧き、川となっていたため、大谷と呼ばれた。  然し毒蛇が住み毒液を流すので、鳥獣虫魚が死に、人々は触れると病気に、五穀は枯れ、草木は萎み、人々は苦しみ、地獄谷と呼び、この地を捨てようとした。 大同、弘仁(810−)の頃、弘法大師が東国巡錫の折、話を聞き毒蛇退治に谷に入り、退治したと告げ立ち去った。 

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 村人が谷に入り、岩山に千手観音が彫ってあり、観音の光明が山野を金色に変えた。



  人々は弘法大師の偉業に感謝し観世音に帰依し信仰したのが大谷寺の始まりと言う。  池のほとりに弁財天が祀られ、毒蛇が心入れ替え、白蛇になってお仕えしているという「白蛇伝」。
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大谷寺本尊千手観音は、平安時代(810)弘法大師の作と伝えられる。 鎌倉時代に坂東19番霊場となり、岩面に直接彫刻した表面に、朱を塗り粘土で僅か化粧を施し、漆を塗り金箔が押され、金色に輝いていた。  最近の研究では、バーミヤン石仏と共通点があり、アフガニスタン僧侶の彫刻とも考えられるという。
中央、薬師三尊像、平安時代作。  阿弥陀三尊像、鎌倉時代作。  国特別史跡と重要文化財の指定。  昭和37年、石仏保存維持の大大的工事の時、地層最下層から1万1千年前の縄文時代早期の人骨・土器・石器が出土し、宝物殿に保存、
江戸時代初期、家康長女・亀姫が、日光道中の江戸・日光の中継所として伝海僧正の中興を援助し、日光輪王寺の宮の休憩所・宿泊所として利用された、寺紋は「菊の紋」「葵の紋」2つあるという。

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大谷公園・平和観音 

     滞在時間 15.47−16.00


高さ27mの平和観音は、太平洋戦争の戦死者戦没者の供養と、世界平和を祈って彫刻された。東京芸大。飛田朝次郎教授の制作、大谷の石工たちが彫刻し、昭和29年完成日光輪王寺門跡・菅原大僧正の開眼供養が行われた。  現在、宇都宮市公園課の管理の公園。




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