なお爺のひとり言

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教育制度―昭和時代 その4  終戦 そして 連合国総司令部 占領政策指令

昭和20年〈1945年〉9月2日午前 東京湾上 米戦艦ミズーリ号 上で、
「大日本帝国」 は、連合国 (アメリカ、中国、イギリス、ソ連、オーストラリア、カナダ、フランス、オランダ、ニュージーランドの9カ国) に対して、降伏文書に調印した。

無条件降伏した 「大日本帝国」 の占領を、マッカーサー総司令官率いる連合国軍隊が、東京・日比谷に総司令部General Head Quartersを設置し、占領政策指令を次々に発した。

このような時
昭和20年(1945年)10月11日に 「五大改革指令」 という、 「GHQ指令」 が発せられた。
  完全な男女同権と婦人の解放
  労働者の団結と組織の助長
  教育の自由主義化
  圧政諸制度の撤廃
  経済の民主化
これ以降、「五大改革指令」 に沿った民主化政策が遂行される。

教育改革は
マッカーサー総司令官は、戦前の天皇制・軍国主義が教育によって形づくられていたことを重視し、
民主化政策推進には、教育の改革が特に重要と考えていた。

まず、修身・国史・地理の授業を停止させ、教練・武道も停止させた。 
これらの教科が、軍国主義・国家主義的色彩が濃厚で、障害になると判断したからである。 

授業停止にならなかった教科も、内容がふさわしくない部分は削除訂正が行われた。 
各学校に配布された訂正項目によって、教師の指導で、児童たちは自分たちの手で、削除部分に 「墨」 を塗ったのである。  
「黒塗り教科書」 と言われた物で、現在70歳から75歳前後の方はその体験と記憶があると思う。

一部の削除や書き換えばかりでなく、教科書によっては一つの単元の話が、丸ごと削除ということもあった。 
「初等科国語」 に多かった。 「よみかた四」 では、七課が全文削除である。 
「国史」 の教科書は、国史が神話から説き起こされていたので、全面停止。

地理は翌21年9月、国史は10月から再開された。
国史は「日本歴史」と名称が変わり、国定教科書として編纂・発行された、
国民学校小等科5・6年用 「くにのあゆみ」 は、初めて考古学に基づき石器時代から書かれた。
教科内容は徐々に変わっていった。


昭和22年(1947)4月1日 より学校のシステム自体が、改革された。

国民学校初等科を 「小学校」 とし、その上に 「中学校」 を設けた。 
「小学校」6年間、「中学校」3年間、合わせて9年間を義務教育期間とし、
今までよりも義務教育の期間を一気に3年も延長したのである。
これが 「六・三制」 の義務教育で、現在までも続いている。

国民学校を小学校に移行することは、何等問題は無かったし、学校校舎も先生も、そのままスライドすればよかったからである。
しかし問題は、中学校であった。 
当時、国民学校高等科・青年学校・青年訓練所が設けられていたが、地方では国民学校に併設されていたところが多かったので、校舎が不足するので、簡単に移行できなかった。 
校舎を建設しなければならず、戦後の混乱期、敗戦で政府も、各県・各市町村も満足な予算が組めない状況であった。 
地域によっては、校舎建設資金や労力を、住民の協力・提供を受けて、とりあえず移行するという所もあったという。

義務教育外の「高等学校」3年制は、23年4月に 「新制高等学校」 として移行した。
24年4月からは 「新制大学校」 4年制として移行して、新発足した。
(旧制度 国民学校は6年制 義務教育   国民学校高等科・青年学校普通科は2年制 任意教育
     旧制の中学校・高等女学校・実業学校は5年制 任意教育
     旧制の高等学校・専門学校・大学予科は3年制 任意教育
     旧制の大学校は3年制 任意教育
     旧制では 小学校から大学卒業まで 17年間 内 義務教育 6年間
     新制度では 16年間 内 義務教育 9年間


なお、その後の教育改革の大基になる、 「教育基本法」 及び 「学校教育法」 が公布されたのは、
昭和22年3月31日で、 「六・三制」 新制度スタートの前日であった。



現在75歳前後以上の方は、記憶・経験があるのですが、自分がそれまでに受けてきた、
教育や考え方が 「一夜にして、全面的に 否定され、禁止」 された経験があります。 

敗戦、占領、この屈辱的な体験。  
そして陸海軍の解体は、敗れた以上当然であると誰でもが思っていた。 
そして戦時中の指導者たちは戦争犯罪容疑者として相次ぐ逮捕。 
さらに公然の天皇制批判。 
日本人の持つ既成概念を、根底から揺さぶり続けた。

このような事態の中、強烈な印象を受けたのは、徳田球一氏・志賀義雄氏などの日本共産党を中心とした政治犯が釈放されたことで、この人たちは、あの厳しい思想統制のなか、反国家的・反天皇制的行為が徹底的に弾圧された中で、
「逆らい続け人たち」が居たという事実は、驚異的なショックだった。

財閥解体、農地改革、婦人参政権の実現、などなど、国家体制が見事に崩壊してゆく過程を、驚きの目で見るばかりであった。 

ほとんどの政策がどのような意味を持つのか、理解できなかったが、何が起こるか判らないと言うことだけは、理解できた。

むかーーし、むかしのお話  第9話   でした。

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