なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

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   東浦和とその周辺 04
     見沼田んぼ 散策案内


   清泰寺(天台宗)

   大間木氷川神社から、200m位北側に、清泰寺があります。
   天台宗の寺で、平安時代初期の高僧慈覚大師円仁によって開かれたと伝えられる。
   門前の7体の地蔵尊に迎えられる。 
   ひときわ大きい地蔵尊は、元禄9年(1696)建立である。
   この地蔵尊は、300余年も、地元の人たちに愛され信仰され、拝まれ続けたのであろう、
   お顔から肩に掛けて手で撫でられて黒く磨り減って、300余年の時の流れを背負っている。
   大変ご利益が有ったのだろう。

   境内に入るや、平安初期の天台宗高僧慈覚大師円仁によって開山された寺と伝えられるだけに、
   質素な作りながら威厳を醸している。
   本尊は十一面観音立像で、江戸時代初期の作で、市指定有形文化財という。

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   境内の奥には、武田信玄の娘、見性院の墓があり、県指定の旧跡。
   見性院は武田家の武将穴山梅雪の妻であったが、夫の死後、徳川家康の知遇を得て、
   二代将軍秀忠の子幸松丸を養育した。 
   幸松丸こそ後の会津23万石城主 保科肥後守正之 となって、
   三代将軍家光を補佐し幕政で活躍した。 
   人の運命は計り知れないものがあり、武田家の縁(ゆかり)でありながら、
   戦乱の世を巧に生きた女性の一生を物語るものである。 
   家康からここ大牧村に采地を与えられ元和8年(1622)没し、この清泰寺に葬られる。

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   境内に351基の庚申塔が、地境や垣根のように並んでいる。
   一箇所にこれだけ多くの庚申塔が存在するのは、珍しいことと
   市の有形民族文化財に指定された。 
   天明3年(1783)と万延元年(1860)に建てられたもので、奉納者も地元・近郷のみならず、
   遠方の物まで有り寺の隆盛を物語っている。
   本堂須弥壇に安置されている有泉勝長木碑も市指定有形文化財。

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   300m位東、明の星学園(高・中・幼)裏手に、桜並木の散策路・見沼代用水路西縁がある。
   この桜並木散策路からは、調整池(工事中)が一望できる。

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