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昭和20年8月のこと その12 終戦 内大臣・木戸幸一 昭和20年8月15日の日記 京都大学法学部卒 農商務省、商工省勤務 大正6年侯爵襲爵、貴族院議員。 昭和5年内大臣秘書官長、 昭和11年近衛内閣の文相、昭和15年平沼内閣の内大臣、東条英機を首相に奉薦、 天皇側近のNo1として政治的影響力をもつ。 詳細な日記は、戦後極東国際軍事裁判で天皇の戦争責任をめぐる重要な資料の一つ。 連合国は木戸幸一をA級戦犯として起訴、終身禁固刑の判決。 8月9日の日記には、終戦前の慌しい動きが記録されている。 開催された御前会議の直前まで木戸は、天皇に6回拝謁し合計120分の会談が持たれている。 御前会議は8月9日深夜11時50分から翌10日2時20分まで2時間半に及ぶ。 宮中の奥深くで進行していった終戦工作の事実がふくまれている。 内大臣・木戸幸一 8月15日の日記 8月9日(木)晴
午前9時、大島豊氏、斉藤貢氏来訪、対ソ策等につき話を聞く 午前9時55分より10時迄、御文庫にて拝謁す。ソ連がわが国に対し宣戦し、 本日より交戦状態に入れり。就いては戦局の収拾につき急速に研究決定の要ありと思う故、 首相と充分懇談する様にとの仰せあり。 幸に今朝首相と面会の約あるを以って直ちに協議すべき旨奉答す。 10時10分、鈴木首相来室、依って聖旨を伝え、此の際速にポツダム宣言を利用して 戦争を終結に導く必要を力説、尚其際、事重大なれば重臣の意見をも徴したき思召あり、 就ては予め重臣に事態を説明し置かるる様依頼す。首相は10時半より最高戦争会議を開催、 態度を決定したしたしとのことにて辞去せらる。 10時55分より11時15分迄、御文庫にて拝謁、鈴木首相と会見の顛末を言上す。 12時半、岩波内蔵頭来室、追加予算の説明を聴く。 1時、近衛公来室、時局につき懇談す。 1時半、鈴木首相来室、最高戦争指導者会議に於いては、一、皇室の確認、二、自主的撤兵、 三、戦争責任者の自国に於いての処理、四、保障占領せざることの条件を以って ポツダム宣言を受諾することに決せりとのことなりき。 2時、武官長来室、ソ満国境戦の状況を聴く。 2時45分、高松宮殿下より御直の電話にて、条件付にては連合国は拒絶と見るの虞れありとの ご心配にて、右の善後策に就き御意見ありたり。 3時10分より3時25分迄、御文庫にて拝謁、右の懸念等につき言上す。 李齵公、先日の広島爆弾の際戦死せられたるを以って、本日同邸を弔問す。 4時、重光氏来室、四の条件を出せば決裂は必至なりとの論にて、切に善処方を希望せらる。 4時35分より5時10分迄、御文庫にて拝謁。 6時半帰宅、8時再び出仕。 10時50分より10時53分迄、拝謁、内閣の対策案変更せられたる件につき言上す。 鈴木首相拝謁、御前会議開催並に右会議に平沼枢相と参列を御許し願う。 11時25分より11時37分迄、御文庫附属室にて御前会議開催せられ、 聖断により外務大臣案たる皇室、天皇統治大権の確認のみを条件とし、 ポツダム宣言受諾の旨決定す。 8月10日(金)晴 御前会議終了後、御召しにより2時32分より同38分迄、拝謁す。 其際、聖断の要旨を御話あり、恐懽感激の中に拝承す 右要旨左の如し 本土決戦本土決戦というけれど、一番大事な九十九里浜の防備も出来て居らず、又決戦師団の 武装すら不充分にて、之が充実は9月中旬以降となると云う。 飛行機の増産も思う様には行 って居らない。いつも計画と実行とは伴わない。之でどうして戦争に勝つことが出来るか。勿 論、忠勇なる軍隊の武装解除や戦争責任者の処罰等、其等の者は忠誠を尽くした人々で、それ を思うと実に忍び難いものがある。然し今日は忍び難きを忍ばねばならぬ時と思ふ。明治天皇 の三国干渉の御心持を偲び奉り、自分は涙をのんで原案に賛成する。 3時帰宅。暫く眠りたるに、朝より空警あり、 9時50分より10時10分迄、御文庫付属室にて拝謁す。 12時半、百武大将来室、面談。 1時、牧野伯来室、余より今日に至りたる事態を詳細説明す。 御文庫に至り拝謁、意見を言上せらる。 重臣を御召あり、平沼、岩槻、岡田、近衛、広田、東条、小磯の七氏参内、 午後3時35分より4時半の間、御文庫付属室にて拝謁、余も参列す。 各人より意見を言上す。 4時35分より4時45分迄、拝謁。 5時半、山本大将、6時、松井成勲来邸、面談。 8時半、御召により三笠宮邸に伺候、殿下に拝謁、今日に至りたる事情につき言上す。 9時過近衛公来邸、陸軍大臣の全軍に対する布告につき心配して来られしなり。種々懇談す。 8月11日(土)晴 午前8時半、鈴木政一氏来訪、面談。 9時、染井に墓参したる後、出勤。 9時55分より10時10分迄、御文庫にて拝謁。 11時、東郷外相参内、面談。 11時45分、佐治謙譲氏、徳川義親候の手紙を持参す。錦旗革命云々なり。 正午、鈴木首相来室、面談。其後の経過を聴く。 12時半、下村国務大臣来室、面談。 1時35分より2時半迄御文庫にて拝謁。 2時半、阿部内相来室、面談。 3時半、石渡宮相を其室に訪ひ、勅語をラジオにて御放送被遊ては如何との意見につき、 懇談す。 3時55分より4時50分迄、拝謁、ラジオに件其他を言上す。 5時、宮相を訪い、ラジオ放送に対する聖上の思召は何時にても実行すべしとの御考なる旨を 伝う。 尚、皇太后陛下、軽井沢へ行啓について情勢の変化に伴ひ如何すべきやとのご下問あり、 右を宮相に伝ふ。 5時15分、武官長を訪ひ、ラジオ云々を伝ふ。 5時半町村総監来室、世間の情勢等を聴く。 6時、鈴木首相来室、面談。 8月12日(日)晴 午前5時半、徳川侍従を経て御召の電話あり。9時15分より35分迄、御文庫にて拝謁す。 皇族御会同の際、朝鮮処分問題の出たる場合、李王以下の処遇を如何に答ふべきやとの 御尋ねあり。 余は右は今回御会同の問題にあらず、依って他日に譲る様御指導相成度旨奉答す。 11時、東郷外相参内、面談。敵側回答につき奏上、第四項人民の自由意思云々が 国体論者の為め問題とせらるるならんかとの心配を話居らる。 外務省の解釈としては差支なしとのことななりき。 11時45分より正午迄、御文庫にて拝謁。 12時15分、しゅしょうを室に訪ひ、朝鮮云々を相談す。余と全然同意見なりし故、 其旨侍従を以て奉答す。 1時40分、平沼枢相来室、今回の回答につき国体論より反対の意見を述べらる。 2時35分より2時50分迄、御文庫にて拝謁。 3時より5時20分迄、皇族の御会同を御文庫付属室にて行はせらる。 陛下より今回の御決意につき其趣旨を述べられ、皇族一致協力、陛下を助けらるる様 望ませられ、右に対し皇族一同一致協力御助け申上べき旨奉答せらる。 此の御集りは非常に好結果なりし様拝察す。 6時10分、高松宮に拝謁、今回の件を大宮様に申上ぐることにつき 考え置く様にとの仰せありたり。 6時半、東郷外相来室、面談。首相、平沼の意見に賛成したる様子にて、 今後の見透につき聊か不安を感じ居る様子、頗る心配なり。 9時半、鈴木首相来室、今日種々協議の経緯につき話あり。 余は今日となりては仮令国内に動乱等の起る心配ありとも断行の要を力説、 首相も全然同感なる旨答へられ、大に意を強ふしたり。今夕より役所に宿泊す。 8月13日(月)晴 午前7時10分、阿南陸相来室、今回の連合国回答につき意見の開陳あり、 結果は此儘にては認め難しと云ふにあり。余も亦意見を述ぶ。 何れも国体護持の一点に於ては一致せるも、見透と手段を異にせるなり。 8時、重光葵氏来室、連合国回答についての意見を聴く。 8時50分より9時20分迄、拝謁。 9時半、広幡太夫を訪ひ記録につき話す。 10時、首相室に於て三笠宮に拝謁、時句収拾につき御懇談す。 11時より11時35分迄、御文庫にて拝謁。 正午、松平恒雄氏と面談。 1時、町村警視総監来室、町の情況等を聴く。 2時10分、東郷外相、3時半、近衛公何れも来室、面談。 8月14日(火)晴 8月15日(水)晴 午前3時20分、戸田侍従来室、今晩1時半頃より近衛師団の一部反乱せるものの如く、 行動を起こし、本省の通信施設を占拠遮断し、御文庫も包囲せられ居り、連絡とれずと云ふ。 容易ならぬ事態故、直に起床、一度は皆の勧により侍医宿直室に入りしが、再び部屋に帰り、 機密書類を破り、便所に流し、それより4時20分頃、石渡宮相と共に金庫室に入りて 事件の進行をひそかに観察す。 8時頃、三井侍従来たり解決せりとのこと故、直に御文庫に至り、 8時20分より同25分迄、宮相と共に拝謁、天機を奉伺す。 今暁4時半頃、憲兵特高隊と称せる者78名、赤坂宅焼跡に来り、 余を捜索せりと、警官一名負傷せり。 9時20分安倍内相来室、面談。 10時10分より1時半迄語文庫にて拝謁。 10時50分、鈴木首相参内、御文庫にて面談。 正午、陛下御自ら証書を御放送被遊。感慨無量、只涙あるのみ。 2時35分より3時半迄、御文庫にて拝謁。 鈴木首相参内、内閣総辞職を決行、辞表を奉呈す。 3時35分より同40分迄、拝謁。 3時50分より4時迄、御召により拝謁、後継内閣首班の選定御下命あり。 依って今回は重臣を集むることなく、平沼枢相と相談の上奉答すべき旨言上、 御許しを得たり。 4時半、平沼枢相の来室を求め、篤と協議の結果、東久邇宮稔彦王殿下の御出ましを願ひ、 近衛公をして御助けせしむることに意見一致す。 午後5時、高松宮、同妃御来室。 6時35分より同45分迄、御文庫にて拝謁、平沼枢相と協議の結果を言上、御嘉納を得たり。 10時半、町村総監来室、一刻も早く後継内閣の成立を希望す。 今夜より寝室を替ふ。 (「木戸幸一日記」 東京大学出版会) |

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