|
昭和20年10月のこと その2 政治犯釈放 敗戦、連合国軍の日本進駐と共に、日本人は次々と新しい事実に直面する。 陸海軍の解体は、破れた以上当然であると誰もが思っていたが、 東條大将以下戦時中の指導者たちが相次いで逮捕、天皇制批判など タプロイド版の新聞に現れる事態は、日本人の既成概念を根底から揺さぶり続けた。 GHQは10月4日、政治犯の即時釈放、治安維持法廃止などの日本政府に覚書を通達、 これにより東久邇宮内閣は打撃を受け、翌5日覚書は実行不可能と総辞職した。 6日全国の特別高等警察が廃止され、 8日幣原内閣が発足する。 10日、このような事態のなか、最も強烈な印象を与えたのは、 予防拘禁の名目で拘置されていた日本共産党幹部の徳田球一、志賀義雄の2人が、 約3千人の政治犯に混じって、18年ぶりに釈放されたことである。 あの厳しい思想統制や反国家的・反天皇制的行為が徹底的に弾圧されたなかで、 なお天皇制に逆らい、軍国主義と戦い続けた人々がいたという事実は、 まさに驚異的なショックであった。 写真は 10月10日 政治犯の日本共産党幹部 徳田球一(左)、志賀義雄(右)が、 約3千人の政治犯に混じって釈放され、 18年ぶりに出所した。 特別高等警察=大日本帝国憲法下の日本で、共産主義、無政府主義、女性解放運動などの
すべての反体制・反政府的言論・思想・宗教・社会運動などを 弾圧した秘密警察。 通称「特高警察」「特高」。 大逆事件を機に内務省に設置。 国体と私有財産制に反対する者への弾圧を目的にする治安維持法の 実行部隊として拡充され、各庁都道府県警察にも設置された。 主として共産主義者を対象にしていたが、戦時下では自由主義等一切の 反政府運動、さらにそれらの思想も弾圧し、憲兵と共に国民から恐れられた。 「特別」と追加されたのは、国体の護持は特別に重要であったからとされる。 大逆事件 = 無政府主義者による天皇暗殺計画とされた大逆事件(幸徳事件) 幸徳事件 = 1910年、明治天皇を爆裂弾で暗殺しようとした計画が発覚、 この事件を口実に社会主義者を根絶やし弾圧、政府主導でしたとされる事件。 戦後、処刑者の再審請求などの復権の運動が起っている。 憲 兵 = 旧日本軍において陸軍大臣の管轄に属し、 軍事警察、行政警察、司法警察を掌る兵科区分の一種。 軍事警察であるが、戦時中は一般市民に対しても、取り締まりに介在した。 (参考 Wikipedia) |

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- その他祝日、記念日、年中行事








