|
川口市安行と新郷、その周辺 13 安行吉岡の金剛寺 金剛寺は曹洞宗の寺で、室町時代明応5年(1496)にこの地を支配していた 豪族・中田安斉入道安行が金剛経を信奉し、開基し寺名の由来と伝えられる。 戦乱の世に多くの人を殺傷し、その罪業に苦しみ、禅僧に出会い草庵を結び供養して、 救われたという。 この寺はかっては僧侶修行道場の格式を持ち、三代将軍家光より御朱印十石を賜り、 門派は十数ヶ寺に及んだが、現在では「お灸の寺」として知られる。 この墓地には、「安行植木開発の祖」と知られている、吉田権之丞の墓がある。 吉田権之丞の人なりについては文献資料がないのではっきりしないが、言い伝えによれば、 草花、盆栽の趣味を持ち、珍しい草木を集めて栽培すると、土質・風土が適合し 生育が良かったので、苗木の育成に当たったという。 子孫は現在も安行で植木業を営んでいる。 参道の途中に経塚がある。 川口の地にとって、中世の文化を今に伝える、数少ない文化遺産で、川口市指定文化財に登録。 仏教には正・像・末の三時(法)の教法変遷の考え方があり、 正法は仏の教法によって修行し証果を得るものがある期間を言い、 証のない期間を像法、教法のみがあって戒学行証のない期間を末法という。 そこで末法に生きる者は後世に弥勒菩薩の再現を願って、経文を書写し、供養して 地中に埋納したものを、経塚といっている。 経塚を作ることは末法到来による弥勒信仰であるが、極楽往生のために造ることも多くあった。 時代と共に、冥福祈願、追善供養のためにも築かれることも行われていた。 平安時代に始まり、鎌倉・室町時代に盛行し、江戸時代まで続いた。 金剛寺全望 金剛寺山門は400年位前に構築されたもので、桃山様式を取り入れた四足門で、 川口市内最古の棟門である。 金剛寺本堂 金剛寺本堂 金剛寺本堂より山門、鐘楼を望む 金剛寺脇の道より、庫裡生垣、通用門、黒板塀、山門、鐘楼を望む。 見事なキャラボクの巨木、川口指定の保存樹木 安行原の蛇造りと地蔵さん 毎年5月24日に五穀豊穣・天下泰平・無病息災などを祈願するため、 長さ10mの大蛇を造る祭りが行われる。 午後3時ごろ銅鑼の合図に、安行原の清水、半縄、向原、中郷の部落民が藁を持ち集まる。 一年間ケヤキの大木に付けられていた大蛇をおろし、全員協力して同じ大蛇を造り上げてゆく。 大蛇の頭部は木の枝で形作り、藁を編み合わせて大蛇の口と頭をしっかり着け、 口の中には舌を着け、密蔵院の住職によって書かれた祈祷文をしっかり結びつけ、 耳、鼻、ひげ等を順次編みこみ、大蛇の頭が出来上がる。 次に、胴は藁をねじりながら三つ編に10mばかりの長さにつくり、 頭と組み合わせて大蛇造りは終わる。 出来上がった大蛇は、大ケヤキの又に頭を載せ、胴を幹に撒きつけ安置し、 「百万遍の行事」を行って、祭りは終わる。 この地蔵さんはこの行事と村人達を、ズーっと温かく見守ってきたと言う。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2008年10月23日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]







