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川口市安行と新郷、その周辺 18 峯ヶ岡八幡神社 この神社は何回も参拝しているが、今日のように誰も居ない只一人の参拝は始めてである。 鬱蒼と茂る森の静まり返った境内に、只一人身が引き締まるのを感じる。 帰り際、七五三を祝って参拝する、着飾った女の子の家族が、拝殿に昇殿して神事が行われた。 静かな境内に、太鼓の音が聞こえてきた。 平安時代末、武蔵の国司には源経基や義家など、当時勢力のあった家柄のものが 派遣されていたが、次第に地元荘園領主達は源氏に土地を寄進したりして、 主従関係を結ぶようになった。 その様にして勢力拡張した源氏は、東国の各地に氏守である八幡神社を建立し、 主従関係のものを氏子として寄らしめた。 この神社もその一つで、天慶年間(938―47)に源経基が建立し、戦乱の折ここに詣でて 戦勝を祈願したと伝えられている。 治承4年(1180)、源頼朝が平氏を討つため伊豆に挙兵、奥州藤原氏のもとにいた 弟義経も挙兵参加のため鎌倉へと赴き、途中「こかわぐち〈現在の川口〉」の渡しで 兵をあらためたことが「義経記」に記されている。 この神社はかって足立郡谷古田領32カ村(川口市新郷、安行の一部、草加市の一部)の 総鎮守に列せられた由緒ある神社である。 御神体は木造僧形八幡坐像で、鎌倉時代後期の木造彫刻、胎内に造像時の願文や経文36点が 納められていた。 胎内願文は、弘安5年(1282)に書かれたもので、 子孫繁栄、病気快癒、現世安穏、往生極楽などの願いが記されていた。 案内板を転記したものです。 峯が岡八幡神社、参道の入り口
峯が岡八幡神社、参道の入り口にある池 峯が岡八幡神社、参道の鳥居。 狛犬は明治2年(1869)に奉納されたもので苔むしている。 峯が岡八幡神社・御神門 峯が岡八幡神社・拝殿 峯が岡八幡神社・拝殿と奥殿 峯が岡八幡神社・拝殿より稲荷神社末社を。 御神木のイチョウの大木〈川口市指定の保存樹木〉 推定樹齢500年という。 隣のタラヨウと共に落雷を受けたが、イチョウは被害が少なかったようである。 ここまで成長すると、自然の生命力に圧倒される。 奥は左より、白山神社、神明神社、日枝神社 の各末社。 御神木のイチョウの大木〈川口市指定の保存樹木〉 落雷を受けたタラヨウの大木。 傷跡が鮮明に残り、凄さが感じられる。 峯が岡八幡神社・諏訪神社末社 |
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2008年10月28日
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