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昭和20年8月のこと その20 終戦 集団疎開、女子学童の昭和20年8月15日の日記 昭和11年生まれ 当時9歳 東京・国民学校3年生 昭和19年8月栃木県川治温泉・柏屋旅館に集団疎開。 20年3月兄が卒業して東京に帰り、代わりに4月弟を含む1年生が来る。 兄弟姉妹も、学年・男女別の部屋割り生活で、自由時間のみ遊びに行く程度。 一年間の疎開中、親との面会は、一回だけ、不公平にならぬようにとの取り決めによる。 小学校低学年で、先生・保母さんの云うことを、一生懸命に守って行動する日々。 朝起きて掃除、食事当番、勉強、自由時間に遊び、夜日記を付けて先生に提出し、・・・・ その繰り返しで一年間が過ぎていった。 8月15日 水曜 晴 アサ・二十一度、ヒル・二十六度 アサ・ オハノオミオツケ、ムギノゴハン ヒル・ ジャガイモトオハトカンピョウノオゾウスイ ヨル・ お豆、キュウリノオシンコ、ムギノゴハン 今日おひるすぎ あたまのかみのけも きちんとした みなりで かしわやのまえで てんのうへいかの ちょくごほうどくを つつしんでお聞きした。 かえってきて おへやで ひるねしているとき、大ひろまで お話があるので 大ひろまへしゅうごうした。 そして先生から、日本がむじょうけんこうふくを したことをおききした。 ほんとうに くやしかった。 そのときはかならず ふたたび日本をりっぱに立ちあがらせると 心にかたくかたく心にちかった。 夜すこしあそんで すぐねた。 はんせい おひるねのとき なかなかねないで 本をよんでいた。 あさ、たけはらさんと けんかをしました。 おそうじのとき、とよださんが なにもしないでいたので ちゅういしても しないので おこってしまった。 集団疎開、女子学童の昭和20年8月15日の日記 昭和9年生まれ 当時11歳 東京・国民学校5年生 昭和19年8月長野県北佐久に集団疎開 日記は手製、使用後のザラ紙をとじたもの。 8月15日は慌ただしい一日で、家に帰れる嬉しさと、焼け野原を見る恐ろしさに、 如何して良いか判らない、妙にはしゃいだ記憶だけがあったと振り返る。 1月1日 晴 六度 今日は昭和二十年新しい年を迎えた。 私たちは朝五時半ごろに はつまいりをしに、 たてしな神社へ、先生といった。 行き合う村の方方に私たちは「おめでとうございます」 と新年のあいさつをする。 寮へ帰って寮母さんたちにお芽出とうとあいさつをする。 朝飯前にまず神様へ新年のあいさつ、ちかいをし、宮城よう拝、家の人達にあいさつ、 皆のあいさつ、それからおいしい、肉入りのおうどんをいただいた。 いそがしいので 晩が おぞうにだそうです。 お八つにはかしぐるみをいただいた。 いよいよ晩のおぞうにを いただきました。 こんな真白なおもちを 家の人達に上げたいと思った。 おはしでひっぱると 長くのびます。 私は本当に弟達が かわいそうに思った。 おもちのくろいのも、ろくにはいきゅうに ならないので 寒い夜でも防空ごうに 入っていると思うと 涙が出てくる。 ほんとうに 私はしあわせだ。 8月15日 水 晴 二十七度 朝から又、空しゅうが かいじょになって、防空の まどの紙はりを していると、 おそれおおくも 正午に、天皇陛下御自ら 勅語を奉どくなさるそうだ。 昼食は、きゅうり と とろろこぶ。 午後には皆ラジオの前へ つつしんですわった。 そのこともおわり、ラジオで、 米英支那ロシアが とてもすごいことを いったことを言っている。 くやしい、あくまでも日本を 守りぬこうと思った。 お八つに、おまんじゅう四つ。 夕食後、叉お風呂に入った。 夕食 えんどう豆のにたの と きゃべつ 朝食 きゅうりに おにつけ。 8月16日 木 晴 二十七度 朝食芋御飯、 お葉の塩ずけ、芋のおみそ汁。 昼前、士校の兵隊さんも いよいよ兵隊さんを やめるので、今日 帰るのだそうだ。 でも午後になったので 昼食をたべに来た。 昼食 芋御飯、わかめのおみそ汁、お葉の塩つけ。 昼食後 送りに行く。 皆、本やいろいろ、やいている。 せっかく今まで苦心してやった物を、 皆すぐ一時間ぐらいで もえるのにと思った。 いよいよ送る時間だ。トラックの上で兵隊さんは、「皆しっかりやれよ」とおっしゃった。 私達は答礼した。 さぞ皆ざんねんであったろうと思った。 夕食 芋三つ半、とろろこぶ、大根のつけ物。 今日は こちらへ来て一年目だ。いろいろのことが 思い出される。 なつかしい日。 疎開児童の終戦 新潟県に集団疎開していた東京・江東区の 国民学校の児童が、疎開の荷物を携えて 上野駅に10月10日に到着した。 江東区は昭和20年3月10日東京大空襲 の被害が大きく家族を失った児童も多かった。 やっと帰れたと思ったら、両親も兄弟たちも 戦災で亡くなっていた。 その上、懐かしい家までもが無くなっていた。 心に大きな空洞を残して、 この子供たちの終戦は、生涯を通じて絶対に こないのである。 (毎日新聞社提供) |

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