なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

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   昭和20年8月のこと  その6

   ソ連対日宣戦布告・参戦 と ポツダム宣言
     昭和20年8月8日 ソ連軍が対日宣戦布告・参戦し満州国境を突破

   8月6日広島に原爆が投下され、甚大な被害を蒙った。 
   その3日後の8月9日に、長崎にも投下されるのであるが、
   その前日の8月8日に、ソ連は日本に宣戦布告。 
   ここに日ソ不可侵条約はソ連によって破られ、
   ソ連軍は、日本が占領していた満州(中国東北部)国境を越えて、
   破竹の勢いで進撃してきたので、日本の関東軍は北部一帯から退却。 
   ところが満州の在留邦人は南に避難しなければならなくなったが、
   日本の関東軍は在留邦人を見捨てて、退却したので、
   ここでも大きな悲劇が始まったのである。 
   在留邦人は次々に倒れ、余儀なく子供を中国人に預けたりした逃避行は、
   困難を極め、多大の犠牲者が出たのである。 
   後々の残留孤児の問題がそれである。

 写真は8月9日、国境を越えたソ連軍は破竹の勢いで満州を前進、13日には朝鮮北部からも侵攻し、
   日本の関東軍を撃破した。 写真は歓呼で迎えられたソ連兵。 (ノーボスチ通信社提供写真)
イメージ 1


   ポツダム宣言
   昭和20年7月17日、アメリカ・トルーマン大統領、イギリス・チャーチル首相、
   ソ連・スターリン首相の3巨頭がベルリン郊外のポツダムで会談。
   ドイツ占領と日本の戦後処理問題について話し合った。
   戦争を決定的な段階に追い込み、敗戦国に対する戦後処理について、大枠で合意すること。
   アメリカはソ連の対日宣戦布告の約束を早く取り付けることであった。

   米ソ間で、ドイツが降伏してから3ヶ月以内に、対日戦線に参加するとの密約が交わされ、
   見返りにソ連にアジア北東部のいくつかの島、満州鉄道の利権、朝鮮の一部を統治する権利
   などが認められた。
   もし、日本本土上陸作戦を取れば米軍から100万人の犠牲者が出ると予想され、
   同盟国ソ連を対日戦線に引き込み、アジアに第二戦線を形成する必要があった。

   4月20日、ヒットラーが自決。その7日後にドイツ軍は無条件降伏し、
   ヨーロッパ戦線は終結した。
   かくして、7月17日ポツダムに3巨頭が集まり、対日宣戦布告をしていないソ連は、
   オブザーバーとして参加した。
   会議中に英国の総選挙で保守党が敗北し、24日からチャーチルに代わりアトリー新首相が
   参加するハプニングもあった。

 写真は米英ソ3巨頭によるポツダム会談が始まる。
   この時点で日本に宣戦布告していなかったソ連は、オブザーバーとして参加。 
   宣言は米英中3国によって発せられた。   (PPS提供写真)
イメージ 2

 写真はポツダム会談の5ヶ月前、ヤルタに集まった3巨頭。
   左からチャーチル、ルーズベルト、スターリン。
   この会談で、ソ連の対日参戦が秘密裏に取り決められた。  (PPS提供写真)
イメージ 3


   会議は8月2日まで続けられたが、アメリカの姿勢に変化が生じていた。 
   ヤルタ会談の時点では、一刻も早いソ連の対日戦線参戦を望んでいたが、
   ドイツ降伏後、ドイツ分割を含むヨーロッパの、勢力範囲の策定をめぐり、
   ソ連との対立が表面化し、これをアジアに持ち込めば、日本をソ連と分轄し合う事態になり、
   朝鮮もソ連と分割統治となる。
   アジア進出を目指すアメリカは、アジアにソ連勢力拡大の阻止を計ることであった。 
   ソ連が対日宣戦布告する前に、日本を降伏させるのが、アメリカの国益と判断、
   7月16日に秘密兵器「原爆」の実験に成功したので、
   原爆投下により日本が降伏すれば、ソ連参戦は阻止できる・・・・・

   7月26日、米英中三国による対日ポツダム宣言が発せられた。 
   合意に至るまで、互いに勢力拡大を狙う米ソの対立が表面化し、会談は難航した。

   宣言は軍国主義の除去、国土占領、領土削減、軍隊の武装解除、戦争犯罪人の処罰などを提示。
   そして、無条件降伏により国際社会の一員に復帰せよというものであった。

   一刻も早い日本の無条件降伏を望むアメリカは、ポツダム会談が終了して僅か4日後の
   8月6日朝午前8時15分、広島に原子爆弾を投下。 
   その3日後の8月9日午前11時2分に長崎にも投下。 
   ソ連は8月8日、日本に対して宣戦布告し、満州の国境を越えて進撃。

   日本は完全に破局したのであった。
                  参考資料  講談社発行 日録20世紀

 私は毎年8月が来ると、広島・長崎の「原爆の日」が来ると、「終戦の日」が来ると、
 無性に怒りがこみ上げ、そしてむなしさが襲ってくる。 
 もう60年以上、国家とは、民族とは、人間とは、政治とは、政治家とは、
 「何であるか」を考えるが、答えが分らない。  どなたか教えてください。

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