なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

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   昭和20年8月のこと  その7

     ポツダム宣言 その2

   7月26日、米英中三国による対日ポツダム宣言が発せられた。
   しかし、ポツダム宣言には日本国の「国体の護持」については直接言及されていなかった。 
   外務省はポツダム宣言を受諾する方向でまとまり、ソ連を介して和平工作のため、
   近衛文麿元首相を特使としてソ連に派遣するむね、ソ連政府に打診していた。 
   あくまでも、ソ連との不可侵条約を締結していたことが前提になっていたが、
   世界の情勢は大きく変わっていた。 
   ソ連は独ソ戦を控えての、背後からの攻撃をかわす意味があり、
   日本にとって、ソ連は対米戦争の背後であった。 
   しかし、日本とドイツは軍事同盟を締結していたと同時に、
   ソ連と米英とはその日独の軍事同盟国と交戦中であった。 
   日本とソ連とは不可侵条約を締結していたとは言え、
   ソ連と米英とは同盟を締結するかも知れない相手であった。 
   しかも4月27日にドイツは無条件降伏をしているので、更に状況は日本に不利である。 
   その様な相手に和平の仲介を依頼すれば、足元を見られ何らかの理由を付けられ、
   参戦されて益々状況が悪くなる。 
   情勢判断も出来ない無能の集団の政府であった上に、
   本土決戦の準備を進める軍部の説得も出来なかったのである。

   この混迷の中、鈴木貫太郎首相は記者会見で、ポツダム宣言について
   「重大なものとは考えていないので黙殺している」という趣旨の答弁をした。
   これがニューアンスを変えて、海外に打電され、
   結果的にソ連の対日宣戦布告の大義名分とされたのである。 
   このときの経緯は、「目撃者が語る昭和史」第3巻(新人物往来社判)に収められた
   元鈴木内閣書記官長・迫水久常氏の「ポツダム宣言受諾の苦悩」の文中に、
   「黙殺するということは、ノーコメントという意味であったが、
   日本からの海外放送には「イグノア(無視する)」という誤訳が使用され、
   外国新聞の見出しには、故意か偶然か「リジェクト(拒否する)」という文字が使用された。 

   後日、ソ連は
   『対日宣戦布告に当たって、日本はポツダム宣言をリジェクトしたので、
   仲裁の基礎が失われた』という趣旨のことを述べ、このポツダム宣言に関するわが国の態度を、
   その理不尽極まりない対日戦の理由に逆用されている」

   どのように弁解しようと、国民は全て、そのときの為政者に踊らされ、何も知らされないまま、
   死地に追いやられ、虐殺されたのである。  恐るべし。

   その時に、こだわった「国体の護持」とは、如何なるものなのか???

   8月14日、天皇は御前会議でポツダム宣言受諾の意思を表明。
   これによってアメリカは、ソ連軍の占領地域拡大に楔を打ち、
   日本を単独占領することになった。
   以降、米ソの間の冷戦時代から現代まで、日米は緊密な関係を続けている。

   国際政治論の猪口邦子上智大学教授は
   「現在日本とアメリカは世界経済のNo1、とNo2であり、協力関係を結んでいる。
   しかし歴史は消すことが出来ない。 
   永久的に戦勝国と敗戦国であり、占領者と被占領者であることを忘れることが出来ないのが、
   今日の日米関係である。
   安保、行政協定、日米地位協定など、問題の残る協定が結ばれ、
   その後なかなか改正が難しいのは、このような立場が影響しているのは確かだ。
   この日米関係は、当分は複眼的な形で続いていくことは間違いないでしょう」と、
   ポツダムの呪縛は今も解けていない。
                  参考資料  講談社発行 日録20世紀


   その時こだわった「国体の護持」とは、如何なるものなのか???
   その後終戦して、米軍が進駐して来ても一貫して、こだわり続けた「国体の護持」とは、
   如何なるものなのか???
   当時この国には、「国民が在って国家がある」、あるいは「国民が居て国体がある」という
   発想は、そもそも無かったのである。  
   「天皇があって国家がある」、あるいは「天皇とその側近が居て国家・国体がある」
   極端に言うと「天皇がいれば、国民はどうでもよかった」のである。 
   今でも、その考え方は、「国民の政事」に携さわらなければならぬ人達に見られることで、
   天皇に近づけば近づくほど、その庇護の下に自分を大きく見せたいため、
   出来るだけ天皇を神格化して、雲の上の存在にしようとしている。 
   「天皇の人間宣言」は終戦直後あったが、今は昔の状態に戻そうと、
   側近達が工作しているのが、最近明白になってきている。 
   これで良いのだろうか???

 8月9日深夜の御前会議。 翌10日未明、天皇制、国体護持を条件にポツダム宣言を受諾決定。
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 8月14日午後7時、ホワイトハウスで日本のポツダム宣言受諾を発表するトルーマン大統領。 
 このニュースにアメリカ中が熱狂、各地で勝利を祝う紙吹雪が舞った。 (毎日新聞社提供写真)
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 訪れた平和に、ニューヨークのタイムズ・スクエアは喚起の渦に包まれた。 (PPS提供写真)
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    14日に行われた、ポツダム宣言受諾の記者会見。   (共同通信社提供写真)
    それを報じた15日の朝刊は、玉音放送に合わせて、正午まで配達を差し止められた。
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