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江戸東京・山手 39 稲荷鬼王神社 神社の由緒書きの一部から、 御祭神は月夜見命(つきよみのみこと、人の運勢を司る)、 大物主命(おおもねぬしのみこと、別名・大黒天)、 天手力男命(あめのたじからおのみこと、武運長久) 古来「鬼」は神であり「力」の象徴であったので、鬼を祀ったり、 鬼の名のつく社寺は全国に沢山在るが、鬼の王様という意味の「鬼王」という名の社寺は 全国でも当社のみで、そのため江戸時代は近在の農家の人達ばかりでなく、 江戸から武士、町人、職人など多くの人達が参拝に参りました。 現在も「鬼王」唯一の神社として注目を集め、全国から御神穂を求める方々が沢山おられます。 稲荷鬼王神社の由緒は、承応2年(1653)に大久保村の氏神として稲荷神社が建てられ、 宝暦2年(1752)紀州熊野より鬼王権現をし、天保2年(1831)稲荷神社と合祀し、 稲荷鬼王神社とした。 それゆえに当社の社殿は、稲荷社と権現の二つがある。 紀州熊野において鬼王権現は残存せず、それゆえ全国一社福授けの獨名がある。 鬼王様信仰について江戸時代の「新編武蔵風土記」に、後には文豪・永井荷風も書き記している。 当社では節分のとき「福は内、鬼は内」を唱える。 云々」とあります。 稲荷鬼王神社の天水琴 社殿の屋根からの雨水をこの大きな瓶に貯め、少しずつ水琴窟に注いで、 音を奏でる仕掛けになっている。 いわば琴の音を自動演奏する装置の水琴窟であるという。 水琴窟は、江戸時代の名庭師・小堀遠州が考えた、茶室つくばえの排水装置、洞水門である。 江戸期の庭師が水琴窟の名で、音を楽しむ装置として各地に作ったが、 時代とともに忘れられた存在になった。 平成16年水琴窟師・田村光氏により、雨水利用の水琴窟、天水琴を作ったという。 京都の寺で昔聴いたことがある、幽玄の世界にいざなわれる心地がした幻の音、 新宿で聴けるとは!!!! 境内にある恵比寿神社 山の手七福神の一社 恵比寿様をお参りしてから、開運「かえる石」に水をかけて、 心の中で次の言葉を三度唱えるそうです。 「無事かえる」「良き運にかえる」「金かえる」「想い人の心が自分にふりかえる」 「待ち人かえる」「若がえる」などなど・・・・ 鬼王神社の水鉢とかえる石 文政年間に製作された、うずくまった鬼の頭上に水鉢を乗せた珍しい様式。 伝説によると「この水鉢は文政の頃より加賀美某の邸内にあったが、 毎夜井戸で水浴びするような音がするので、ある夜刀で切りつけた。 その後家人に病災が煩雑に起こったので、天保4年鬼王神社に寄進された。 台石の鬼の肩辺にはその時の刀の痕跡が残っている。・・・・・」と伝えられる。 富士塚 富士塚は社殿裏からの参道の横に左右に分かれて築かれている。
社殿側の富士塚には、頂に浅間神社社殿石塔、五合目、御中道、八合目、 大沢、元十三講碑などなどあり。 裏参道右側には、奉納富士登山講、亀岩、泉瀧、などなど富士にちなむ石碑、 富士山建設発起人碑など。 富士塚を示す浅間神社碑 富士塚建設記念碑。 |
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