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江戸東京・山手 40 武士の時代最後の名・刀鍛冶「四谷正宗」が眠る曹洞宗・宗福寺 曹洞宗・宗福寺は須賀町10番にある。 宗福寺の入り口に刀鍛冶の名工・源清麿とその師匠・の案内石標がある。 源清麿は、信州佐久郡岩村出身で本名を山浦環といい、上田の刀鍛冶に学び刀工となり、 江戸に出て幕臣の窪田清音に師事し兵学を学ぶかたわら、細川正義のもとで刀鍛冶の修行をした。 さらに正義の師匠水心子正秀について奥義を極めた。 四谷伊賀町に住み、刀剣の製作に励み、名を源清麿と改めた。 新々刀(江戸時代後期の刀)の刀工の第一人者として、天保・弘化年間(1830-46)に活躍し、 鍛えた刀の切れ味は名刀正宗のようであると、「四谷正宗」と評判になった。 吉田松陰や佐久間象山と交友があり、二人が殺されたのを悲しみ、 安政元年(1854)に42歳で自害した。 清麿墓の右隣には、清麿の師匠であった水心子正秀の墓 源清麿の墓は、新宿区指定史跡になっている。 曹洞宗・宗福寺本堂
曹洞宗・宗福寺入り口にある源清麿及び師匠・水心子正秀の墓所案内石標 曹洞宗・宗福寺参道に安置される仏像3体 源清麿、及び師匠・水心子正秀の墓 真ん中が源清麿の墓。 真ん中が師匠・水心子正秀の墓 |
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