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江戸東京・山手 44 江戸33観音の中の第18番・汐干観音の真言宗・真成院 若葉2丁目7番 本尊は潮干十一面観音菩薩像で、潮干観音とも汐踏観音とも呼ばれている。 潮の満ち引きで観音が湿ったり乾いたりするので、この名がついたと言われている。 四谷は名の通り、谷が多い。 その昔の谷に目抜きの生活道路ができていて、生活場所は丘の上にある。 そのような形態から道路には坂が多い。 何処に行くにも、この坂を越えなければならない。 寺院・神社を巡りまわって、初めて四谷の土地がこれ程までに、坂が多いとは知らなかった。 見上げたら、寺のような建物を見つけた。 真成院(左側)と信寿院(右側)である。 また、この辺須賀町、若葉1−3丁目には神社、寺院が多く、隣から隣へというように 立ち並んでいる。 これは江戸城の拡張工事や江戸の火災で、集団で移転して来た為と言われている。 寛永年間ごろが一番多いと言う。 観音坂と名付けられた急勾配の坂である。 真成院はこの途中に、入り口があった。 地蔵菩薩像と稲荷神社が祀られた中庭 おびんずる尊者も安置されていた。 御寶頭盧(おびんずる)は仏弟子、十六羅漢の一人。 神通力をもてあそんだとして釈迦に呵責され涅槃に入ることを許されず、 西罌陀尼州(さいくだにしゅう)で衆生救済に勤めたという。 日本では本堂の外陣に置いて、これを撫でて病気平癒を祈る。 なでぼとけ、おびんずるさま といわれ古くから親しまれてきた。 真成院の潮干観音に奉納の旗指物。 観音坂を隔てた向かい側の、信寿院本堂の景観。 アイバンク設立提案者の碑 非常に珍しい献眼慰霊碑。 真成院と、どのような関りがあるのだろうか?? 「わが国アイバンク設立提案者 米国アイケルバーガー軍曹 昭和49年5月吉日 設立実行委員長 小塚豪」 と脇に表記してある アイバンクについては、大変関心が高まり登録者が増え、多くの人々が再び光を得たと 感激していると言う。 アイバンク運動はすでに50年位の歴史ができた。 信寿院 観音坂と信寿院、かなり急勾配の坂である。 信寿院本堂 蓮乗院 真成院の隣にある、蓮乗院。 観音坂の傾斜にご注目を
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2009年03月09日
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